大嫌い同士の大恋愛
 ――美人が本気で怒ると、すごい迫力。

 頭の片隅で、そんな事を思ってしまった。
 だが、聖は、私にお構いなしに、片桐さんに食ってかかる。
「アタシなんて、どうとでもなりますー!」
「でもさ」
「これまで、一度も危ない目に遭わなかったとでも⁉」
 そう言って、聖は私から離れて涙を雑にこすると、スクリ、と、立ち上がった。

「こんな美人、ストーカーの一人や二人どころか、変質者の数十人、これまで、どれだけ遭遇したと思ってるんです⁉」

 男前な宣言――だが、中身は不穏極まりない。
「ひ、聖⁉」
「いやらしい視線だけなら、桁は変わるよ!」
 驚きを隠さない私達に、彼女は続けた。

「地元警察の相談係には常連、何なら、顔見知りの刑事さんもいるくらいなんだよ⁉自分の身の守り方くらい、わかってるんだから!」

「――聖」

 私は、呆然としながら、聖を見上げる。
 ――私達は、会社に入ってからの友人で――それまでの過去の事は、お互いに聞く機会は無かったのだ。
 それが、ほんの少しだけ、ショックで。
 でも、そこまで辛い思いをしたからこそ……

「……アンタ……もしかして、いつものアレって……フリ(・・)……?」

 フワフワ、ユルユル。

 そんな擬音が似合う、おっとりしたような雰囲気の聖は、最近、何だか違う気がしていた。

 ――それは――そちらが、本当の彼女だったんだろうか。

「ううん。どっちも、アタシだよ」
「でも」
「羽津紀といる時は、そっちの方が楽だから。昔から、そういうトコ出すと、そこら辺の男達がつけあがってくるから、出さなかっただけ。まあ、男捕まえる時は別だけどねー?」
「……そう、だったの……」
 確かに、どちらも聖には違いない。
 ――そうやって、自分を守ってきただけで。

「だからさ、アタシのコトは考えないで」
「でも――私が嫌なの」
「羽津紀」

「わかって、聖。――私、大事な人を失った人、ずっと見てきたからさ」

 その一言で、その場は静まり返った。


 ――不本意な形で父親を失った母親が、どれだけ苦労して――どれだけ悲しんでいたか。

 幼い頃は、妹達が寝静まった頃、一人、仏壇の前で泣き続けていた母親を、どうやったら支えられるんだろうかと、考え続けていた。

 そんな姿は――もう、見たくはないのだ。


「アンタは、ご両親健在だし、祖父母の方々も遠くにいらっしゃるんでしょう?――お兄さん達、お姉さん達もいらっしゃる」
「……うん」
 最初に出会った頃、話題に悩んで、ありきたりな家族の話を振ってみた時に、そう言っていた。
 平凡だけど、きょうだいは多い。
 兄、姉、姉、兄、そして聖。
 そんな大家族に、驚いたものだ。
「――なら、自分だけ、なんて、考えないで」
「……わかった……」
 聖は、肩を落としながら、うなづく。
 そして、片桐さんに、深々と頭を下げた。

「――片桐さん、羽津紀の事、ちゃんと守ってあげてください。……江陽クンが頼れない今、事情を知っているのは、片桐さんだけなんです」

 すると、彼は、立ち上がり、うなづいた。

「――手放しで、任せて、とは言い切れないけれど――全力で守る覚悟はできているよ」

 私は、そう言い切った片桐さんを見上げる。 

 ――そんな事、平然と言わないでください。

 けれど、その真剣な目で見つめられ、私は口を閉じた。
< 91 / 143 >

この作品をシェア

pagetop