大嫌い同士の大恋愛
 結局、私達の意思を尊重し、公にはしないと約束してくれたが、社長は、不本意さを隠そうともしなかった。
「――いいかい、次に同じ事が起きたら、遠慮なんてせずに、すぐに通報するんだよ。名木沢さんは、風評被害を心配しているけど、コレは、隠そうとした方が、逆に起きる可能性もあるんだからね」
「……ハイ」
「何より、キミの身の安全が第一だから」
 そう言い切ると、私の隣に視線を移す。

「――だから、片桐君、頼んだよ?」

「……っ……ハ、イ」

 硬直した彼は、何とかうなづく。

 ――……ああ、コレは、たぶん、気づかれている。

 私達の浅慮など、百戦錬磨の社長には、簡単にお見通しなのだろう。
 けれど、今は、それを言う時ではない。
 社長に頭を下げると、全員で、部屋を後にした。


 エレベーターに乗り込むと、神屋課長は壁に背を持たれ、はああ、と、大きく息を吐いた。
「……あ、あの、課長……」
 気まずくなり、声をかけると、課長は頭を無造作にかきむしった。
「もう、何なんだよ。……三ノ宮くん、思わせぶりな事してるんじゃないだろうな」
「アイツは、覚えはないと言っていましたが」
 即座に否定はするが、それは、最初に私だってヤツに言った事だ。
「でもね、無意識って事もあるだろう。――彼、あのルックスだし」
「自覚は無いかもしれません。――でも、アイツは、女嫌いです」
 若干、かばうような言い方になってしまったが、事実だ。
 けれど、課長は、ジロリと私を見下ろす。
「そうは言っても、対外的に支障が出てたら、営業なんてやってないだろ。男しかいないトコに営業かけてる訳じゃないんだし」
「……それは……まあ……」
「我慢できなくはないが、避けられるなら避けたい――まあ、そんな程度(・・・・・)なんじゃないかい」
 私は、この前、突撃してきた女性に言い返していた江陽の表情を思い出す。

 ――あれは、そんな程度ではない。

「課長、こ――三ノ宮さんは、頑張って我慢してるんです。そんな程度、なんて言い方はしないでください」

 あの時、震えていた手は、演技なんかじゃない。
 真っ青な顔なんて、しようと思ってできるものではない。

「名木沢さん」
 片桐さんが、見かねて私の肩を押さえるが、それを反射で払った。


「アイツが、どれだけの思いをしてきたか知らないのに、決めつけないでください!」


 そう叫ぶと同時に、エレベーターが到着。
 勝手に開いた扉の向こうには――バッグを持った江陽の姿。

「――お疲れ様です」

「あ、ああ、お疲れさん、三ノ宮くん。外出?」

 たった今、話題にしていた本人と鉢合わせしてしまい、課長は、気まずそうに――取り繕うように江陽に尋ねた。

「ええ。班長と、工場に試作品の確認に向かいます」

 そう言って、視線を部屋のドアに向けると同時に、荷物を抱えた一班の班長が出て来た。
「ああ、課長、これからリニューアルの試作品の確認に、第四まで行って来ます」
「了解。――気をつけてな」
「ハイ」
 入れ違いにエレベーターに乗った二人を見送ると、私達は、無意識に息を吐いた。

「……悪いな、名木沢クン。――オレは、キミほど彼を知ってる訳じゃない。――だからこそ、一般の意見と思って欲しい」
「――……いえ、私こそ……すみません……」
 不本意ながらも、社会人としては我慢すべきだったと思い謝るが、それでも、くすぶったものは消えない。
 いくら、私が江陽を嫌いだろうが――アイツが、私を嫌いだろうが――何も知らないのに、好き勝手言われて良い訳がない。
 部屋に入った課長は、何事も無かったかのように、仕事を始める。
 それを見やり、私は、自分が反射で江陽をかばった事に、今さらながら気がついた。

 ――あれだけ嫌いと言い切ったのに――。

 これが、何の感情なのか、わからないまま、私は、溜まっていた仕事に取り掛かった。
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