大嫌い同士の大恋愛
22.油断大敵
 終業後、私は、サッと机の上を片付け、帰り支度をする。
 何だか、今日は一日、仕事どころじゃなかった。

 ――何で……私は、江陽なんか、かばったんだろう。

 あのまま、課長に同調しておけば良かったはずなのに。

 けれど、誤解をされたままで、放置はできなかった。
 アイツのコトは大嫌いだけれど――やっぱり、悪く言われるのは、我慢できなかったから。

「羽津紀さん」

 すると、不意打ちで声をかけられ、私は、肩を跳ね上がらせる。
「……か、片桐さん。……お疲れ様です」
「帰る?」
「え、あ、ハイ」
 すると、彼は、少し考えると、私に言った。

「ちょっとだけ待てるかい?僕も片付けて帰るからさ」

「……ハ、ハイ……」

 うなづいて返せば、いつものように、穏やかに微笑まれる。
 でも、もう、素直に受け取れないのは――これまでの、彼の言動のせい。
 周囲は、チラチラと私達に視線を向けるが、特に陰口も聞こえないので、放置しておこう。
 そんな事を考えていると、片桐さんがバッグを肩にかけながら、戻って来た。
「お待たせ」
「いえ、そんなに時間はかかっていませんので」
「じゃあ、行こうか」
 そう言いながら、背中を軽く叩かれた。
 何だか、私を落ち着かせるためなのか――最近、頻繁にされている気がする。
 二人で、残っていた人達に軽く挨拶をしながら部屋を出ようとすると、先にドアが開けられ、私は硬直した。

「――お疲れ様です」

 目の前の江陽は、そう言うと、私達を視界に入れる事も無く、軽く頭を下げて自分の席に向かう。

 ――……何なのよ、急に……。

 あからさま過ぎるヤツの態度に、思わず眉を寄せる。
「あ、お疲れ様です。片桐さん、今日は早いですね」
 その後から、一班の班長が入って来て、片桐さんに声をかけた。
 彼がそれに返している間に、私は、部屋を出て足早にエレベーターへ向かう。

 ――ああ、もう……!
 ――……何で、こんなにモヤモヤしてるの、私はっ……‼

 自分の感情がコントロールできずに、イライラしてしまう。
 ――こんな事、今まで無かったはずなのに。

「羽津紀さん」

 すると、追いかけてきた片桐さんが、軽く肩を叩く。
 私が顔を上げると、彼は、困ったように微笑んだ。
「置いてきぼりは無いよ?」
「え、あ、すみません」
「――三ノ宮くんの事が気になる?」
「……そんな訳無いでしょう。……せいせいします」
 そう返すと、片桐さんは、一階のボタンを押して、私をのぞき込む。
「今日、これから予定は?」
「――帰るだけですが」
「じゃあ、ちょっと、不動産屋寄ろうか?」
「え」
 私が驚くと、彼は、口元を上げた。
「――同棲、するんだよね?」
「……あ、え、そ、そうですが……」
「社長にも頼まれたし、キミの身の安全のためにもさ」


「――……は?」


 不意に、後ろから声が聞こえ、二人で振り返る。

 ――そこには、硬直したままの、江陽がいた。
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