死にたがりの少女、夕空を見上げる
1.
死にたがりの少女、生きる意味を見つける
病院の屋上に続くドアを、
二つの、大きさの違う手が押し開けた。
「リコ、行こう」
私の手より、大きな手が、
私の手を握りしめる。
私は手をひかれて、屋上に出た。
屋上のフェンスのそばに私たちは立った。
フェンスの向こうには、
広々とした街並みと、
きれいなすみれ色の夕焼け空が見えていた。
「きれい」
と、二人の声がそろった。
隣に立つレンが、私と顔を見合わせて笑った。
私はレンの笑顔が、
夕空よりもずっときれいでびっくりした。
「生きてて良かった?」
と、レンがきく。
「うん。
今この瞬間はね、そう感じるよ」
私は、死にたがりの少女だった。
だから、お母さんに病院に入院させられた。
私の左腕には、たくさんの悲しみの跡が刻まれている。
古傷だらけの、みにくい左腕。
古傷たちは、私に、
ーー悲しいことは終わってないぞーー
と言う。
ーー入院したって、
薬をのんだって、
おまえは楽にならないぞーー
うるさい、
うるさい。
私は古傷たちに言う。
私は、治療を受けると決めたんだ。
生きると決めたんだ。
そして、入院した病棟で、レンに出会ったんだ。
レンに出会って、
私は、私は……、
初めて、生きる意味を見つけたんだ。
私は、病衣の袖がめくれ上がるのも気にせずに、
左手を西陽に向かって伸ばした。
傷だらけの腕の輪郭を、黄金色の光が包む。
レンも、私の腕にぴったりと腕をくっつけて、西陽に手を伸ばした。
二人で頬をくっつけあって、
黄金色の光に縁取られた、二つの手を眺めて笑った。
二人の手首には、ネームバンドが巻きつけられていた。
「退院しても、離れないでいようね」
レンは、私に言った。
「うん、約束」
私は、私の手より少し大きいレンの手を見つめて、そう言った。
空に向かって伸ばされた二つの手は、
どちらからともなく、握り合わされた。
そして、ゆっくりと、
互いに顔を見つめ合わせた。
もし、この時、背後から私たちを見ている人がいたら、
私たちの姿は、逆光で黒い二つの影のように見えただろう。
そして、その影は、
ゆっくりと唇を重ねた。
夕陽が沈んでいく音がした。
ゴオン、ゴオンと、街の向こうに沈んでいく。
今日という日が死んでいく音だ。
もちろん、本当はそんな音は聞こえない。
だけど、私は、夕陽が沈むのを眺めるたびに、そんな恐ろしい音が聞こえる気がした。
私は昔から一日が終わるのが、怖くてたまらなかった。
なぜだか、わからない。
明日、何をしたいというわけでもない。
だけど、一日が終わると考えると、さみしくて身もだえしそうだった。
胸の奥が、すんとする。
私は、街の向こうに夕陽が沈む気配を感じながら、レンの唇の感触を確かめていた。
やわらかい。
あたたかい。
血の通った唇の感触。
レンの優しさも、震えるような感情も、
伝わってくるようなキスだった。
唇を離すと、レンは私を抱きしめた。
私は、西陽に横顔を照らされながら、
「私のこと、離さないでね」
と言った。
何か考えるように少し間をおいて、
レンがうなずいた。
「約束する。リコを離さない」
巨大な1500万℃の塊が、街の向こうに沈んでいく。
ゴオン、ゴオンと、この世の終わりのような音をたてながら。
だけど私は、今この瞬間だけは、その音が恐ろしくなかった。
恐怖も不安も、
すみれ色の夕空へ、
手放すことができた。
続く~
二つの、大きさの違う手が押し開けた。
「リコ、行こう」
私の手より、大きな手が、
私の手を握りしめる。
私は手をひかれて、屋上に出た。
屋上のフェンスのそばに私たちは立った。
フェンスの向こうには、
広々とした街並みと、
きれいなすみれ色の夕焼け空が見えていた。
「きれい」
と、二人の声がそろった。
隣に立つレンが、私と顔を見合わせて笑った。
私はレンの笑顔が、
夕空よりもずっときれいでびっくりした。
「生きてて良かった?」
と、レンがきく。
「うん。
今この瞬間はね、そう感じるよ」
私は、死にたがりの少女だった。
だから、お母さんに病院に入院させられた。
私の左腕には、たくさんの悲しみの跡が刻まれている。
古傷だらけの、みにくい左腕。
古傷たちは、私に、
ーー悲しいことは終わってないぞーー
と言う。
ーー入院したって、
薬をのんだって、
おまえは楽にならないぞーー
うるさい、
うるさい。
私は古傷たちに言う。
私は、治療を受けると決めたんだ。
生きると決めたんだ。
そして、入院した病棟で、レンに出会ったんだ。
レンに出会って、
私は、私は……、
初めて、生きる意味を見つけたんだ。
私は、病衣の袖がめくれ上がるのも気にせずに、
左手を西陽に向かって伸ばした。
傷だらけの腕の輪郭を、黄金色の光が包む。
レンも、私の腕にぴったりと腕をくっつけて、西陽に手を伸ばした。
二人で頬をくっつけあって、
黄金色の光に縁取られた、二つの手を眺めて笑った。
二人の手首には、ネームバンドが巻きつけられていた。
「退院しても、離れないでいようね」
レンは、私に言った。
「うん、約束」
私は、私の手より少し大きいレンの手を見つめて、そう言った。
空に向かって伸ばされた二つの手は、
どちらからともなく、握り合わされた。
そして、ゆっくりと、
互いに顔を見つめ合わせた。
もし、この時、背後から私たちを見ている人がいたら、
私たちの姿は、逆光で黒い二つの影のように見えただろう。
そして、その影は、
ゆっくりと唇を重ねた。
夕陽が沈んでいく音がした。
ゴオン、ゴオンと、街の向こうに沈んでいく。
今日という日が死んでいく音だ。
もちろん、本当はそんな音は聞こえない。
だけど、私は、夕陽が沈むのを眺めるたびに、そんな恐ろしい音が聞こえる気がした。
私は昔から一日が終わるのが、怖くてたまらなかった。
なぜだか、わからない。
明日、何をしたいというわけでもない。
だけど、一日が終わると考えると、さみしくて身もだえしそうだった。
胸の奥が、すんとする。
私は、街の向こうに夕陽が沈む気配を感じながら、レンの唇の感触を確かめていた。
やわらかい。
あたたかい。
血の通った唇の感触。
レンの優しさも、震えるような感情も、
伝わってくるようなキスだった。
唇を離すと、レンは私を抱きしめた。
私は、西陽に横顔を照らされながら、
「私のこと、離さないでね」
と言った。
何か考えるように少し間をおいて、
レンがうなずいた。
「約束する。リコを離さない」
巨大な1500万℃の塊が、街の向こうに沈んでいく。
ゴオン、ゴオンと、この世の終わりのような音をたてながら。
だけど私は、今この瞬間だけは、その音が恐ろしくなかった。
恐怖も不安も、
すみれ色の夕空へ、
手放すことができた。
続く~
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