冷酷な公爵様は名無しのお飾り妻がお気に入り〜悪女な姉の身代わりで結婚したはずが、気がつくと溺愛されていました〜
「遅くなってすみません、夕食の下ごしらえに来ました。なにから手伝いますか?」
「遅い! さっさとそこの芋の皮剥きをしろ!」
「はい、わかりました!」

 料理長はフレミング侯爵家でもう三十年も働いている古株だ。名無しは野菜の皮剥きや下(した)茹(ゆ)で、材料の計量、洗い物などを手伝いながら、次々とできあがっていく料理を見るのが楽しみだった。

(今日は煮込み料理……ビーフシチューでしょうか?)

 準備されていた材料から名無しは今日のメニューを推察する。

 大きな塊の肉がいくつも入って、ゴロゴロと野菜が浮かぶビーフシチューの大鍋からは香ばしい匂いが漂ってきた。仕上げにかけられる生クリームの純白と、旨味が溶け出した濃厚なブラウンのスープとのコントラストが食欲をそそる。

 できあ がった料理が予想通りで、名無しは笑みを浮かべた。

(ビーフシチューはみんな美味しいと言っているから、いつか食べてみたいですね)

 名無しの食事は残飯と決められているので、大人気のビーフシチューが回ってくることはない。

 いつもサラダや具のないスープ、日が経って硬くなったパン、わずかに赤身がついた肉の脂身などが食事として用意される。

 それでも食事が与えられるだけマシだと刷り込まれているので、名無しは密かに夢を見るだけだ。

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