冷酷な公爵様は名無しのお飾り妻がお気に入り〜悪女な姉の身代わりで結婚したはずが、気がつくと溺愛されていました〜
「承知しました」

 名無しが料理長へ視線を向けると、彼はあきらめた表情をして黙々と手を動かしはじめる。

 たびたびモーゼスにこんな風に呼び出され叱責を受けることがあるから、夕食の手伝いには戻ってこないと察したのだろう。

(うーん、今日は旦那様の執務室の清掃もしていないですし、言いつけられた用事はすべて終わらせたのですが……他になにか粗相をしてしまったのでしょうか?)

 名無しは急いでいる執事長の後について、モーゼスの執務室へとやってきた。扉の前に立つと、部屋の中からは言い争うような声がふたりの耳に届く。

 執事長の様子から、どうやら問題が起きているようだと彼女は理解した。

 執事長は短くため息をついて扉をノックする。

 ――コンコンコンコン。

「旦那様、名無しを連れてまいりました」
「……入れ」

 執事長と共に名無しが執務室へ足を踏み入れると、そこにはモーゼスとベリンダ、そして先ほど外出から戻ったアリッサもいた。

 フレミング夫妻は疲れ切った様子で、アリッサは不貞腐れたように頬を膨らませている。

(なんだか、いつもと様子が違います……なにかあったのでしょうか?)

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