冷酷な公爵様は名無しのお飾り妻がお気に入り〜悪女な姉の身代わりで結婚したはずが、気がつくと溺愛されていました〜
 翌朝、誰にも見送られることなく、名無しはフレミング侯爵家を後にする。

 アリッサの身代わりということで、ドレスも馬車も侯爵令嬢にふさわしい物を用意してもらえた。

 こんなに肌触りのいい生地を使ったドレスは生まれて初めてで、それだけで胸が躍る。

(まあ! こんな素敵なドレスを着られるなんて、アリッサ様の身代わりができて本当にラッキーでした!)

 名無しはアリッサが身につけていたキラキラしたドレスや、長い髪をまとめる髪飾りをいつも羨望の眼差しで見つめていた。

 小説の中で主人公たちが着飾るシーンは夢のような世界で、名無しの憧れでもあった。

(この二カ月はマナーの勉強のため食事もたくさん食べられました……このご恩に報いるためにも、マードリック公爵様のお子を産んでアリッサ様の罪を私が償いましょう!)

 食事は相変わらず残り物だったが、カトラリーを扱う練習のため、普段より肉を食べることができたのでいつになく力がみなぎっている。

 車窓へ視線を向けると、アリッサと瓜ふたつの顔が映っていた。ジッと座っているだけなら、誰も見分けがつかないほどだ。

「なるべくボロを出さないよ――」

 そこでふと、視界に入る景色に名無しの意識が逸れる。

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