冷酷な公爵様は名無しのお飾り妻がお気に入り〜悪女な姉の身代わりで結婚したはずが、気がつくと溺愛されていました〜
「なんということでしょう! 馬車とはこんなに速いのですね!」

 屋敷を出てから今まで、モーゼスの言いつけを守ろうと必死すぎて、名無しは周りが見えていなかった。

 しかし、一度気付いてしまったら、それを無視することなんてできない。

 車窓から見える景色がどんどん後ろへ流れていく。

 こんな経験も初めてで、名無しは興奮気味に車窓に張りついた。季節は初夏を迎え野山は青々と生命力に満ち、道端の花は太陽の光をたっぷり浴びて可憐(かれん)に咲き誇っている。

 そこで名無しは、屋敷の外に出たのが人生初だと気が付いた。

「そういえば、馬車に乗るのも外に出るのも初めてでした……! ふふふ、こんな素敵な経験ができるのも、アリッサ様のおかげですね!」

 目まぐるしく変わっていく世界を興味津々で眺める名無しは、人生で一番というほど気分が高揚している。

 マードリック公爵家のある街外れに向かって街の様子が変わり、豊かな自然が次々と名無しの目に飛び込んできた。

 青い空や(はる)か遠くに見える山々は、果てしない世界を教えてくれる。

「建物がたくさんありました! 今度は緑がたくさん並んでいます! まあ、あんなに大きな木も……!」

 金色の瞳をさらに輝かせ、名無しは流れ行く景色をずっと目で追っていた。

 生まれて初めて見る広大な景色は、暑さも吹き飛ばして名無しの心に深く刻まれていく。

 驚くほど前向きで素直な名もなき令嬢は、人生最大の荒波を乗り越えようとしていた。


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