執着心強めな警視正はカタブツ政略妻を激愛で逃がさない
嬉しいけれど、恥ずかしい。なんて声をかけていいのかもわからないし、そもそも話しかけられるような距離でもない。

聞きたいことはたくさんある。学科はどこだろう。なんの科目を専攻しているのか。今日の授業は? あのヘッドフォンでどんな音楽を聴いている?

尋ねられない質問ばかりが湧き上がってくる。

そんなそわそわする気持ちを抱えたまま一カ月。ふたりの間に会話は一度もなかったが、哉明はずっと美都を見守っていてくれた。

そして卒業の日がやってきた。

通学は今日が最後になる。美都は勇気を振り絞り、ひとつ隣のドア――いつも哉明が立っている入口から乗り込んだ。

まだ一度もお礼ができていないので、なんとかありがとうを伝えたかったのだ。

突然、美都が目の前に来たものだから、哉明は驚いた顔をして片耳のヘッドフォンを外した。

「どうした?」

なにかあったのかと心配そうに覗き込んでくる。一カ月ぶりに聞く声は、やはり頼もしかった。

「……今日で中学を卒業します」

おずおず切り出すと、その意味を理解したようで、哉明は「ああ」と大きく頷いた。

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