執着心強めな警視正はカタブツ政略妻を激愛で逃がさない
「……仕方ない。もう少しお預けされてやるか」

ようやく艶っぽい表情が離れていって、今度こそ美都は安堵した。

哉明はソファから立ち上がると、キッチンに向かう。背面の扉をスライドすると収納棚が出てきて、中には調理器具や食器が並んでいた。

哉明は「コーヒーでいいか?」と一応尋ねるものの押し切って、コーヒーメーカーを起動する。

「はい……」

やがて、ミルの音が聞こえてくる。美都はまだぼんやりした頭でその音を聞きながら、コーヒーができるのを待った。

(獅子峰さんはどうして私にキスをしたのだろう?)

婚約者だからとりあえず? それともおもしろがって、興味本位で? 

(少なくとも、恋とか愛とかでないのは、確か)

鼓動が収まらないのは緊張のせいだろう。精悍な顔がすぐ目の前に近づいてきて、美都の唇を食べた。思い出すだけで鼓動が速まる。

決して絆されたわけじゃない、驚いただけだ。

――なあ。もう一回、していいか?

――しよう。したい。

(『したい』って、なんなんですか……)

言い方が紛らわしくて胸がもやもやする。どうして『したい』なんて口にしたのか気になって仕方がない。

それだけじゃない、哉明の眼差しを思い出すと、再び体温が上昇して息苦しい。

(『キスでその気に』なんて、私はそんな単純な人間じゃない……はず)

ままならない生理的反応と闘いながら、美都はスンとした顔の裏でとびきり動揺していた。




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