「姉のスペア」と呼ばれた身代わり人生は、今日でやめることにします~辺境で自由を満喫中なので、今さら真の聖女と言われても知りません!~
婚約破棄と追放
十七歳の誕生日を迎えるその日。
「モカ・クラスニキ。君との婚約は破棄させてもらう」
私たちの誕生日パーティーが開かれていた王宮内の大広間にて。この国、ノイベルク王国の第二王子で三つ年上のヴィラデッヘ様が、ご自慢の金髪を揺らしながら言った。
「……婚約破棄? どうしてですか?」
「君は自分が『どうせスペアだから』と言い、聖女の仕事をまったくしていないらしいな」
「え?」
「カリーナに聞いているぞ! 聖女の仕事をすべて姉である彼女に押し付けているくせに、手柄だけは横取りしていると!」
「そんな……」
わなわなと怒りに震え、次第に口調がきつくなっていくヴィラデッヘ様。
聖女(私)の婚約者でもある彼は、この国の軍事の指揮を任され、聖女が作る回復薬の管理責任者でもある。
「お言葉ですが、私は日々仕事をまっとうしているつもりですが……。何かの間違いでは?」
「うるさい! そうやって優しいカリーナを脅していたのだろうが、僕はすべてを知っているぞ!!」
「…………」
ヴィラデッヘ様の影に隠れて怯(おび)えた素振りを見せるカリーナに、私の頭の中は混乱するばかり。
仕事をさぼっているのは、むしろカリーナのほうなのに――。
この国の人々は皆、多かれ少なかれ魔力を持っており、生活魔法程度の風魔法や水魔法は使うことができる。
私たち双子は、生まれつき魔力量が多かった。
そしてとても稀少な力である治癒魔法が使えたため、物心がついたときには〝聖女〟として登城し、回復薬作りや魔物との戦いで怪我をした騎士たちの治療を行い、国に貢献してきた。
回復薬はいくらあっても足りないし、ふたりだけで聖女の仕事をこなすのはとても大変だったけど……。数年前のある日から、カリーナが徐々に仕事量を減らしていった。
『今日は疲れちゃった。後はモカがやっといてくれる?』
そう言って、カリーナはどこかへ行ってしまう。
一日のノルマを達成できていないから、私は寝ないで回復薬を作る日々が続いた。
だというのに、どうして私がカリーナに仕事を押し付けたことになっているの?
「しかも、僕という婚約者がいながら、王太子であるレナード兄様に色目を使っていたらしいな! 兄上には心に決めた人がいるというのに! 酷いじゃないか!!」
「そんなことをした記憶はありませんが……」
忙しくて、誰かに色目を使う暇なんてないのですが。
というか、レナード殿下を狙っていたのもカリーナだったような……?
カリーナはレナード殿下の婚約者の座を狙っていたから、私がヴィラデッヘ様と婚約したんじゃなかった?
結局レナード殿下は、真実の愛を貫いて幼馴染の伯爵令嬢と婚約してしまったけど。
「とにかく、カリーナの邪魔ばかりする君は用済みだ! 真の聖女はカリーナだ! もともと君はカリーナのスペアでしかないのだからな!」
「…………」
通常、治癒魔法が使えるものは稀有であるため聖女となる。その聖女たちの中から、真の聖女は同時に存在することはなく、唯一無二の存在として力を開花させるのである。
そんな中、私たち双子は治癒魔法が使えた。
生まれた当初は姉のほうが魔力量が強いと言われており、真の聖女の最有力候補とされていた。とはいえ私にも治癒魔法の才があったため私たちはふたりで真の聖女候補として働き、〝真の聖女〟として才能を開花させるか見るための試用期間中だった。
挿絵①
真の聖女であれば、より強力な回復薬を作ることができたり、瘴気の浄化や祈りの力だけで魔物を退治したりすることもできると言われている。
でも、聖女としての仕事はとてもきつい。
だから、せっかくふたりいるならふたりで協力できればいいと思っていたのに……。真の聖女がカリーナというだけで、私は用済みなの?
「わかりました、婚約破棄は受け入れます。それで、私はどうなるのでしょう?」
「安心して? モカにはとっても素敵な結婚相手を見つけたのよ」
「え?」
ヴィラデッヘ様の後ろで、カリーナが私とよく似たピンクブロンドの髪を揺らしながらにっこりと口角を上げた。
「そうだ。君は辺境騎士団団長の、アレクシス・ヴェリキー辺境伯に嫁がせることが決まった。クラスニキ子爵の了承も得た」
「……辺境騎士団の、団長様?」
「先方には既に話がついている。君にはお似合いの相手だろう? あの、呪われた騎士団の団長なんて」
鼻で笑いながらそう言ったヴィラデッヘ様に、カリーナも「そうよね」と言いながらクスクスと笑っている。
両親はお金にしか興味がない。だから王子と結婚できるのであれば、相手は私でも姉でもどちらでもいいのだろう。
辺境騎士団――別名、〝呪われた騎士団〟。
かつては〝最強の騎士団〟として名を馳せ、魔物からこの国を守っている優秀な騎士の集まりだった。
けれど、あるときからその力が衰え、今ではすっかり衰退してしまったらしい。
更に、その騎士団の団長である若き辺境伯、アレクシス様にはよくない噂がある。
〝とても恐ろしい男で厳しく、団長のせいでみんな疲れ切り弱っている〟
〝あの男は気に食わない者を容赦なく斬り殺すらしい。自分の親すらも、手にかけたという〟
〝以前辺境伯に嫁ぐ予定だった女性はひと睨みされただけで震え上がり、その恐怖に耐えられず自害してしまったのだとか……〟
騎士団に関わる者に不幸が訪れるという噂がまことしやかに飛び交い、いつしか〝呪われた騎士団〟と呼ばれるようになった。
現在二十四歳という若さで既に辺境伯を継いでいるアレクシス団長は、もともととても優秀な男だと言われていた。
辺境の地で魔物からこの国を守ってくれている彼らの話は、聖女として王宮で回復薬作りに励んでいた私の耳にも入ってきていたのだけど……。
いつからか流れてきたそんな噂のせいで、彼に嫁ごうというご令嬢はおらず、未だに婚約者すら決まっていなかった。
「スペアといっても一応治癒魔法が使えるんだ。せいぜい呪われた騎士団の連中を癒やしてこい」
「なるほど……。辺境伯様に嫁ぐのは構いませんが、ヴェリキーの地に行った後、これまでの回復薬作りの仕事はどうすれば?」
「だから、君がいなくても王都にはカリーナがいるから平気だ! そもそも君はろくに働いていないんだからな!」
「……では、私はもうこれまでのように働かなくていいのですか?」
「そうだと言っている! これからはヴェリキーで辺境騎士団のサポートでもするといい。まぁ、これまでだって仕事をサボっていた君が騎士団の役に立つとは思えないがな」
そう言って、ヴィラデッヘ様は鼻で笑ったけれど。
私にとっては、何という素晴らしいお話かしら……!
とてもわくわくしてしまう。本当に、もうあんなに辛い仕事をしなくてもいいの?
……でも。
「お姉様、本当に私がいなくなっても大丈夫ですか?」
「しつこいわね! 大丈夫よ、あなたが働いていた分なんて、私ひとりで余裕なんだから!」
「……そうですか、わかりました」
カリーナがそう言うのなら、いいでしょう。やっと真面目にやる気になったのね。それなら今まで私が仕事を押し付けていたという嘘(うそ)には目をつむって、王都はカリーナに任せましょう。
「ヴィラデッヘ様、お姉様」
「な、何だよ」
「何よ……」
「今までお世話になりました!」
背筋を伸ばしてふたりを見据えると、私は心から感謝して深々と頭を下げた。
だってあんなに辛い仕事から解放されるのだから、辺境の地だろうと、呪われた騎士団のもとへだろうと、どこへだって喜んで行くわ……!
「モカ・クラスニキ。君との婚約は破棄させてもらう」
私たちの誕生日パーティーが開かれていた王宮内の大広間にて。この国、ノイベルク王国の第二王子で三つ年上のヴィラデッヘ様が、ご自慢の金髪を揺らしながら言った。
「……婚約破棄? どうしてですか?」
「君は自分が『どうせスペアだから』と言い、聖女の仕事をまったくしていないらしいな」
「え?」
「カリーナに聞いているぞ! 聖女の仕事をすべて姉である彼女に押し付けているくせに、手柄だけは横取りしていると!」
「そんな……」
わなわなと怒りに震え、次第に口調がきつくなっていくヴィラデッヘ様。
聖女(私)の婚約者でもある彼は、この国の軍事の指揮を任され、聖女が作る回復薬の管理責任者でもある。
「お言葉ですが、私は日々仕事をまっとうしているつもりですが……。何かの間違いでは?」
「うるさい! そうやって優しいカリーナを脅していたのだろうが、僕はすべてを知っているぞ!!」
「…………」
ヴィラデッヘ様の影に隠れて怯(おび)えた素振りを見せるカリーナに、私の頭の中は混乱するばかり。
仕事をさぼっているのは、むしろカリーナのほうなのに――。
この国の人々は皆、多かれ少なかれ魔力を持っており、生活魔法程度の風魔法や水魔法は使うことができる。
私たち双子は、生まれつき魔力量が多かった。
そしてとても稀少な力である治癒魔法が使えたため、物心がついたときには〝聖女〟として登城し、回復薬作りや魔物との戦いで怪我をした騎士たちの治療を行い、国に貢献してきた。
回復薬はいくらあっても足りないし、ふたりだけで聖女の仕事をこなすのはとても大変だったけど……。数年前のある日から、カリーナが徐々に仕事量を減らしていった。
『今日は疲れちゃった。後はモカがやっといてくれる?』
そう言って、カリーナはどこかへ行ってしまう。
一日のノルマを達成できていないから、私は寝ないで回復薬を作る日々が続いた。
だというのに、どうして私がカリーナに仕事を押し付けたことになっているの?
「しかも、僕という婚約者がいながら、王太子であるレナード兄様に色目を使っていたらしいな! 兄上には心に決めた人がいるというのに! 酷いじゃないか!!」
「そんなことをした記憶はありませんが……」
忙しくて、誰かに色目を使う暇なんてないのですが。
というか、レナード殿下を狙っていたのもカリーナだったような……?
カリーナはレナード殿下の婚約者の座を狙っていたから、私がヴィラデッヘ様と婚約したんじゃなかった?
結局レナード殿下は、真実の愛を貫いて幼馴染の伯爵令嬢と婚約してしまったけど。
「とにかく、カリーナの邪魔ばかりする君は用済みだ! 真の聖女はカリーナだ! もともと君はカリーナのスペアでしかないのだからな!」
「…………」
通常、治癒魔法が使えるものは稀有であるため聖女となる。その聖女たちの中から、真の聖女は同時に存在することはなく、唯一無二の存在として力を開花させるのである。
そんな中、私たち双子は治癒魔法が使えた。
生まれた当初は姉のほうが魔力量が強いと言われており、真の聖女の最有力候補とされていた。とはいえ私にも治癒魔法の才があったため私たちはふたりで真の聖女候補として働き、〝真の聖女〟として才能を開花させるか見るための試用期間中だった。
挿絵①
真の聖女であれば、より強力な回復薬を作ることができたり、瘴気の浄化や祈りの力だけで魔物を退治したりすることもできると言われている。
でも、聖女としての仕事はとてもきつい。
だから、せっかくふたりいるならふたりで協力できればいいと思っていたのに……。真の聖女がカリーナというだけで、私は用済みなの?
「わかりました、婚約破棄は受け入れます。それで、私はどうなるのでしょう?」
「安心して? モカにはとっても素敵な結婚相手を見つけたのよ」
「え?」
ヴィラデッヘ様の後ろで、カリーナが私とよく似たピンクブロンドの髪を揺らしながらにっこりと口角を上げた。
「そうだ。君は辺境騎士団団長の、アレクシス・ヴェリキー辺境伯に嫁がせることが決まった。クラスニキ子爵の了承も得た」
「……辺境騎士団の、団長様?」
「先方には既に話がついている。君にはお似合いの相手だろう? あの、呪われた騎士団の団長なんて」
鼻で笑いながらそう言ったヴィラデッヘ様に、カリーナも「そうよね」と言いながらクスクスと笑っている。
両親はお金にしか興味がない。だから王子と結婚できるのであれば、相手は私でも姉でもどちらでもいいのだろう。
辺境騎士団――別名、〝呪われた騎士団〟。
かつては〝最強の騎士団〟として名を馳せ、魔物からこの国を守っている優秀な騎士の集まりだった。
けれど、あるときからその力が衰え、今ではすっかり衰退してしまったらしい。
更に、その騎士団の団長である若き辺境伯、アレクシス様にはよくない噂がある。
〝とても恐ろしい男で厳しく、団長のせいでみんな疲れ切り弱っている〟
〝あの男は気に食わない者を容赦なく斬り殺すらしい。自分の親すらも、手にかけたという〟
〝以前辺境伯に嫁ぐ予定だった女性はひと睨みされただけで震え上がり、その恐怖に耐えられず自害してしまったのだとか……〟
騎士団に関わる者に不幸が訪れるという噂がまことしやかに飛び交い、いつしか〝呪われた騎士団〟と呼ばれるようになった。
現在二十四歳という若さで既に辺境伯を継いでいるアレクシス団長は、もともととても優秀な男だと言われていた。
辺境の地で魔物からこの国を守ってくれている彼らの話は、聖女として王宮で回復薬作りに励んでいた私の耳にも入ってきていたのだけど……。
いつからか流れてきたそんな噂のせいで、彼に嫁ごうというご令嬢はおらず、未だに婚約者すら決まっていなかった。
「スペアといっても一応治癒魔法が使えるんだ。せいぜい呪われた騎士団の連中を癒やしてこい」
「なるほど……。辺境伯様に嫁ぐのは構いませんが、ヴェリキーの地に行った後、これまでの回復薬作りの仕事はどうすれば?」
「だから、君がいなくても王都にはカリーナがいるから平気だ! そもそも君はろくに働いていないんだからな!」
「……では、私はもうこれまでのように働かなくていいのですか?」
「そうだと言っている! これからはヴェリキーで辺境騎士団のサポートでもするといい。まぁ、これまでだって仕事をサボっていた君が騎士団の役に立つとは思えないがな」
そう言って、ヴィラデッヘ様は鼻で笑ったけれど。
私にとっては、何という素晴らしいお話かしら……!
とてもわくわくしてしまう。本当に、もうあんなに辛い仕事をしなくてもいいの?
……でも。
「お姉様、本当に私がいなくなっても大丈夫ですか?」
「しつこいわね! 大丈夫よ、あなたが働いていた分なんて、私ひとりで余裕なんだから!」
「……そうですか、わかりました」
カリーナがそう言うのなら、いいでしょう。やっと真面目にやる気になったのね。それなら今まで私が仕事を押し付けていたという嘘(うそ)には目をつむって、王都はカリーナに任せましょう。
「ヴィラデッヘ様、お姉様」
「な、何だよ」
「何よ……」
「今までお世話になりました!」
背筋を伸ばしてふたりを見据えると、私は心から感謝して深々と頭を下げた。
だってあんなに辛い仕事から解放されるのだから、辺境の地だろうと、呪われた騎士団のもとへだろうと、どこへだって喜んで行くわ……!