幼なじみはヤンデレで愛がクソ重いヤバいやつ
それは、幼い頃に交わした約束。
「おおきくなったら、ぜったいにさくちゃんにあいにいくからね」
引っ越しのトラックの前でぽろぽろと涙を流しながら話す幼なじみ。その姿を見て、幼なじみの両親もつられて涙を流していた。
「まってるね、あおいくん」
会いに来てくれるんだ、嬉しいな。それくらいにしか思っていなかった。待ってると言ったのも、会いに行くと言われたからそう返しただけだ。
姿が見えなくなるまで、わたしに手を振ってくれた幼なじみ──あおいくんが、あのとき何を思ってそんなことを言ったのか。わたしは何もわかっていなかった。
* * *
終業後のホームルームを終え、静かだった教室は一気に騒がしくなる。このまま帰宅する者、部活動へ行く者、遊びに行く者、様々だ。
「天音さん、もうすぐお迎え来るんじゃない?」
「いいなぁ。ねぇ、どうやって誑かしたの?」
クラスメイト達の言葉に、咲来は困ったような表情を浮かべて顔を俯けた。
咲来は高校三年生だ。今からこちらへ向かってこようとしているのは、今年の四月に入学したばかりの一年生。読者モデル、所謂読モをしている彼は、入学当初から目立っており、この学校にいる者なら誰もが知っている。
性格も明るく、人懐っこいからか、女子生徒からの人気が非常に高い。クラスメイト達は、そんな彼が大人しく引っ込み思案な咲来にご執心なのが気に入らないようだ。こうしてきつい言葉を毎日のように投げかけてくる。
誑かすなんて失礼だよ、と言いながらもくすくすと咲来を嘲笑うクラスメイト達。その笑い声に耳を塞ぎたくなったとき、大きな音を立てて扉が開かれた。
「さくちゃん! ごめん、三分遅れちゃった!」
そこに立っているのは、噂の彼。
「……蒼生くん」
──九鬼蒼生。咲来の幼なじみだ。
来てほしかったような、来てほしくなかったような。それでも、今のこの場では彼の姿を見て胸を撫で下ろしたのも事実。
教室にいる生徒達が蒼生に視線を送る中、彼はにこにこと笑顔を浮かべながら咲来の元へと向かってくる。もちろん、ファンサービスは忘れずに。
ふと、咲来は彼が左手で可愛らしい紙袋を持っていることに気が付いた。その瞬間、ぞわっとしたものが背中を走る。
──朝は、持っていなかったのに。
帰りはもちろん、毎朝一緒に登校している二人。その際には、あのような紙袋を持っていなかった。
中には、何が入っているのだろうか。咲来がいるところからでは、その中までは確認が出来ない。
「さくちゃん、帰ろ?」
紙袋に集中していたため、咲来は蒼生の言葉にびくりと肩を震わせた。慌てて顔を上げると、こちらを見ていた蒼生と目が合う。
「どうしたの? 帰ろう?」
「う、うん」
蒼生は咲来の机の横にかかっている鞄を右肩にかける。周りからは「いいなぁ」と言った声が聞こえてきた。
咲来の手を握り、蒼生は足早に教室を出て行く。笑顔を浮かべて空いている手を振るものの、咲来の手を握るその強さに彼が怒っていることに気が付いた。
一体、何が彼を怒らせたのだろうか。紙袋を気にして反応が遅れたからだろうか。いや、そうではない。蒼生は咲来が何をしても怒らない。
何をしても、絶対に。
彼が怒るのは、咲来に何か危害があったときだけだ。
「さっき、誰が俺のことを『誑かしてる』なんて言ってたの?」
「……え?」
人気のないところでぴたりと止まり、蒼生は咲来を振り返った。先程までの笑顔はどこへいったのか、今は無表情でこちらを見ている。
そもそも、どうやって彼はそのことを知ったのだろうか。そのようなことを言われたときには、まだ蒼生は教室に来ていなかったはずだ。
「き、聞いてたの?」
「うん、俺はさくちゃんのことなら何でも知りたいからね。どんな手でも使うよ。で、そんなこと言った奴、誰?」
いろいろと聞きたいことはあるが、咲来は今訊かれていることに対して何度も首を横に振った。ここで名前を言えば、きっと蒼生は相手を追い詰める。それだけは避けなければならない。
頑なな咲来に、蒼生は肩を竦めて溜息を吐いた。
「まぁいいや。あ、ちょうどいいところにゴミ箱が」
咲来の手を引っ張り、蒼生はゴミ箱へと向かっていく。ゴミ箱の蓋を開けるために下についているペダルを踏み、蒼生は躊躇なく手に持っていた紙袋を入れようとしていた。
ならば、入っているのは──。
咲来は慌てて紙袋を持つ蒼生の手を止めた。
「……そういうの、やめようよ」
「えー? 前にも言ったけどさ、他人がくれたものなんて、何が入ってるかわからないからゴミみたいなものだよ?」
「じゃあ、受け取らなかったらいい。最初から……そうすれば、こういう風に、捨てることも」
「でも、人気者を維持するにはこういうのも受け取らないといけないからさ」
捨てようとしているということは、紙袋の中に入っているものは彼のファンからのプレゼントだ。中身はアクセサリーや手作りのお菓子など様々。
蒼生が言う「ゴミ」というのは、そのプレゼント類のことを指している。
こうしてファンからもらったものを捨てるのも、これが初めてではない。ずっと、こうして捨てられてきたのだ。
もう、見ていられなかった。
「みんな、蒼生くんのことを想いながら買ったり、作ったはず。それをこんな風に扱われているなんて知ったら……」
「じゃあ、知らなかったら幸せなままじゃん」
笑顔を浮かべる蒼生に、咲来は紙袋を取り上げようとする。が、身長の届かないところまで上げられてしまい、紙袋に触ることが出来ない。
「ねぇ、さくちゃん。考えてもみて。俺のファンは、俺にプレゼントを渡したいがために選んだり作ってるだけなんだよ。だから、俺はそれを汲んで受け取ってあげてる。相手は俺にプレゼントを渡せてハッピー。俺も受け取るだけで好感度が上がるからハッピー。ほら、誰も嫌な思いをしてないよね?」
受け取ったものをどうするかは、受け取った側に決める権利がある。そう言って、蒼生は紙袋をゴミ箱に捨てた。彼はそちらに視線を向けることなくペダルから足を外し、咲来の手を引っ張って歩いて行く。
話が全く通じない、と顔を俯けていると、蒼生が慌てた様子で咲来の両肩を掴んだ。ちらりと視線を彼に向けると、焦っているような表情を浮かべている。
「あ、これ、誰にでもやってるわけじゃないから! さくちゃんが作ってくれたものやさくちゃんが渡してくれたものだけは全部大事に大事に、もったいないけどちゃんと食べてるから! あ、今思ったけど、さくちゃんが作ってくれたものを食べることでそれが俺の栄養になってるんだよね。つまり、俺はさくちゃんに生かされてるってことだ! ってことは、俺はさくちゃんがいないと生きていけなくなるんだね!」
焦っているような表情から、嬉しそうな表情へところころ変わる蒼生の様子に、咲来はついていくことが出来ない。それに全く気付かずに、蒼生は咲来を強く強く抱きしめ、何やら喜んでいた。
別に、自分があげたものも捨てられているのではと思って落ち込んでいたわけでもない。自分があげたものだけは大事にしているとか、食べてくれているとか、そういうことが聞きたかったわけでもない。
「……いつから、こんな」
幼い頃の蒼生からは、想像が出来ない。あの頃の蒼生は、純粋で、素直で──。
「いつから?」
蒼生の声に、咲来は身体を強張らせる。そんな咲来の様子に、蒼生は少しだけ身体を離して左の頬に触れた。
「さくちゃんと出会ったときから、ずっとだよ?」
大好き。
幼い頃によく見た笑顔を、蒼生は浮かべていた。
* * *
「うわ、きったな。それどうするの?」
何を言ってるかわからない声をあげながら、クズが吐瀉物で汚れた地面をのたうち回っている。ちょっと腹を蹴り上げたらこれだ。すごい汚い。臭い。
そもそも、俺はただ「謝れ」って言ってるだけだ。そんなよくわからない声をあげろとは言ってない。
「ぁ、おい、く」
「ちょっと、俺の名前呼ばないでって」
咄嗟にクズの頭を掴み、地面へ叩き付ける。自分の吐瀉物に顔を突っ込む形になってしまってるけど、クズだしちょうどいい。
「俺の名前を呼んでいいのは、さくちゃんだけ。お前らみたいなどうでもいい奴らに名前を呼ばれるだけで本当は吐きそうなの」
それを普段は我慢してやってるんだから、俺って優しい。
クズの髪の毛を引っ張り、顔を上げさせる。
「はい、ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなひゃ、い」
「はーい、よく出来ましたっと」
本当はさくちゃんの前で土下座させて地面に額を擦り付けさせたいんだけど、これで許す俺って優しいよね。
髪の毛から手を離すと、クズはまたしても自分の吐瀉物に顔を突っ込んでいた。そんなに気に入ったのか。
「今日はこれで許してあげるけど、次は殺すよ」
さくちゃん。
さくちゃんの幸せを邪魔する奴は俺が全部消してあげるからね。
さくちゃんの幸せが俺の幸せだから。
「さくちゃん、大好き。愛してるよ」
ずっとずっと、何があっても愛してる。
「おおきくなったら、ぜったいにさくちゃんにあいにいくからね」
引っ越しのトラックの前でぽろぽろと涙を流しながら話す幼なじみ。その姿を見て、幼なじみの両親もつられて涙を流していた。
「まってるね、あおいくん」
会いに来てくれるんだ、嬉しいな。それくらいにしか思っていなかった。待ってると言ったのも、会いに行くと言われたからそう返しただけだ。
姿が見えなくなるまで、わたしに手を振ってくれた幼なじみ──あおいくんが、あのとき何を思ってそんなことを言ったのか。わたしは何もわかっていなかった。
* * *
終業後のホームルームを終え、静かだった教室は一気に騒がしくなる。このまま帰宅する者、部活動へ行く者、遊びに行く者、様々だ。
「天音さん、もうすぐお迎え来るんじゃない?」
「いいなぁ。ねぇ、どうやって誑かしたの?」
クラスメイト達の言葉に、咲来は困ったような表情を浮かべて顔を俯けた。
咲来は高校三年生だ。今からこちらへ向かってこようとしているのは、今年の四月に入学したばかりの一年生。読者モデル、所謂読モをしている彼は、入学当初から目立っており、この学校にいる者なら誰もが知っている。
性格も明るく、人懐っこいからか、女子生徒からの人気が非常に高い。クラスメイト達は、そんな彼が大人しく引っ込み思案な咲来にご執心なのが気に入らないようだ。こうしてきつい言葉を毎日のように投げかけてくる。
誑かすなんて失礼だよ、と言いながらもくすくすと咲来を嘲笑うクラスメイト達。その笑い声に耳を塞ぎたくなったとき、大きな音を立てて扉が開かれた。
「さくちゃん! ごめん、三分遅れちゃった!」
そこに立っているのは、噂の彼。
「……蒼生くん」
──九鬼蒼生。咲来の幼なじみだ。
来てほしかったような、来てほしくなかったような。それでも、今のこの場では彼の姿を見て胸を撫で下ろしたのも事実。
教室にいる生徒達が蒼生に視線を送る中、彼はにこにこと笑顔を浮かべながら咲来の元へと向かってくる。もちろん、ファンサービスは忘れずに。
ふと、咲来は彼が左手で可愛らしい紙袋を持っていることに気が付いた。その瞬間、ぞわっとしたものが背中を走る。
──朝は、持っていなかったのに。
帰りはもちろん、毎朝一緒に登校している二人。その際には、あのような紙袋を持っていなかった。
中には、何が入っているのだろうか。咲来がいるところからでは、その中までは確認が出来ない。
「さくちゃん、帰ろ?」
紙袋に集中していたため、咲来は蒼生の言葉にびくりと肩を震わせた。慌てて顔を上げると、こちらを見ていた蒼生と目が合う。
「どうしたの? 帰ろう?」
「う、うん」
蒼生は咲来の机の横にかかっている鞄を右肩にかける。周りからは「いいなぁ」と言った声が聞こえてきた。
咲来の手を握り、蒼生は足早に教室を出て行く。笑顔を浮かべて空いている手を振るものの、咲来の手を握るその強さに彼が怒っていることに気が付いた。
一体、何が彼を怒らせたのだろうか。紙袋を気にして反応が遅れたからだろうか。いや、そうではない。蒼生は咲来が何をしても怒らない。
何をしても、絶対に。
彼が怒るのは、咲来に何か危害があったときだけだ。
「さっき、誰が俺のことを『誑かしてる』なんて言ってたの?」
「……え?」
人気のないところでぴたりと止まり、蒼生は咲来を振り返った。先程までの笑顔はどこへいったのか、今は無表情でこちらを見ている。
そもそも、どうやって彼はそのことを知ったのだろうか。そのようなことを言われたときには、まだ蒼生は教室に来ていなかったはずだ。
「き、聞いてたの?」
「うん、俺はさくちゃんのことなら何でも知りたいからね。どんな手でも使うよ。で、そんなこと言った奴、誰?」
いろいろと聞きたいことはあるが、咲来は今訊かれていることに対して何度も首を横に振った。ここで名前を言えば、きっと蒼生は相手を追い詰める。それだけは避けなければならない。
頑なな咲来に、蒼生は肩を竦めて溜息を吐いた。
「まぁいいや。あ、ちょうどいいところにゴミ箱が」
咲来の手を引っ張り、蒼生はゴミ箱へと向かっていく。ゴミ箱の蓋を開けるために下についているペダルを踏み、蒼生は躊躇なく手に持っていた紙袋を入れようとしていた。
ならば、入っているのは──。
咲来は慌てて紙袋を持つ蒼生の手を止めた。
「……そういうの、やめようよ」
「えー? 前にも言ったけどさ、他人がくれたものなんて、何が入ってるかわからないからゴミみたいなものだよ?」
「じゃあ、受け取らなかったらいい。最初から……そうすれば、こういう風に、捨てることも」
「でも、人気者を維持するにはこういうのも受け取らないといけないからさ」
捨てようとしているということは、紙袋の中に入っているものは彼のファンからのプレゼントだ。中身はアクセサリーや手作りのお菓子など様々。
蒼生が言う「ゴミ」というのは、そのプレゼント類のことを指している。
こうしてファンからもらったものを捨てるのも、これが初めてではない。ずっと、こうして捨てられてきたのだ。
もう、見ていられなかった。
「みんな、蒼生くんのことを想いながら買ったり、作ったはず。それをこんな風に扱われているなんて知ったら……」
「じゃあ、知らなかったら幸せなままじゃん」
笑顔を浮かべる蒼生に、咲来は紙袋を取り上げようとする。が、身長の届かないところまで上げられてしまい、紙袋に触ることが出来ない。
「ねぇ、さくちゃん。考えてもみて。俺のファンは、俺にプレゼントを渡したいがために選んだり作ってるだけなんだよ。だから、俺はそれを汲んで受け取ってあげてる。相手は俺にプレゼントを渡せてハッピー。俺も受け取るだけで好感度が上がるからハッピー。ほら、誰も嫌な思いをしてないよね?」
受け取ったものをどうするかは、受け取った側に決める権利がある。そう言って、蒼生は紙袋をゴミ箱に捨てた。彼はそちらに視線を向けることなくペダルから足を外し、咲来の手を引っ張って歩いて行く。
話が全く通じない、と顔を俯けていると、蒼生が慌てた様子で咲来の両肩を掴んだ。ちらりと視線を彼に向けると、焦っているような表情を浮かべている。
「あ、これ、誰にでもやってるわけじゃないから! さくちゃんが作ってくれたものやさくちゃんが渡してくれたものだけは全部大事に大事に、もったいないけどちゃんと食べてるから! あ、今思ったけど、さくちゃんが作ってくれたものを食べることでそれが俺の栄養になってるんだよね。つまり、俺はさくちゃんに生かされてるってことだ! ってことは、俺はさくちゃんがいないと生きていけなくなるんだね!」
焦っているような表情から、嬉しそうな表情へところころ変わる蒼生の様子に、咲来はついていくことが出来ない。それに全く気付かずに、蒼生は咲来を強く強く抱きしめ、何やら喜んでいた。
別に、自分があげたものも捨てられているのではと思って落ち込んでいたわけでもない。自分があげたものだけは大事にしているとか、食べてくれているとか、そういうことが聞きたかったわけでもない。
「……いつから、こんな」
幼い頃の蒼生からは、想像が出来ない。あの頃の蒼生は、純粋で、素直で──。
「いつから?」
蒼生の声に、咲来は身体を強張らせる。そんな咲来の様子に、蒼生は少しだけ身体を離して左の頬に触れた。
「さくちゃんと出会ったときから、ずっとだよ?」
大好き。
幼い頃によく見た笑顔を、蒼生は浮かべていた。
* * *
「うわ、きったな。それどうするの?」
何を言ってるかわからない声をあげながら、クズが吐瀉物で汚れた地面をのたうち回っている。ちょっと腹を蹴り上げたらこれだ。すごい汚い。臭い。
そもそも、俺はただ「謝れ」って言ってるだけだ。そんなよくわからない声をあげろとは言ってない。
「ぁ、おい、く」
「ちょっと、俺の名前呼ばないでって」
咄嗟にクズの頭を掴み、地面へ叩き付ける。自分の吐瀉物に顔を突っ込む形になってしまってるけど、クズだしちょうどいい。
「俺の名前を呼んでいいのは、さくちゃんだけ。お前らみたいなどうでもいい奴らに名前を呼ばれるだけで本当は吐きそうなの」
それを普段は我慢してやってるんだから、俺って優しい。
クズの髪の毛を引っ張り、顔を上げさせる。
「はい、ごめんなさいは?」
「ご、ごめんなひゃ、い」
「はーい、よく出来ましたっと」
本当はさくちゃんの前で土下座させて地面に額を擦り付けさせたいんだけど、これで許す俺って優しいよね。
髪の毛から手を離すと、クズはまたしても自分の吐瀉物に顔を突っ込んでいた。そんなに気に入ったのか。
「今日はこれで許してあげるけど、次は殺すよ」
さくちゃん。
さくちゃんの幸せを邪魔する奴は俺が全部消してあげるからね。
さくちゃんの幸せが俺の幸せだから。
「さくちゃん、大好き。愛してるよ」
ずっとずっと、何があっても愛してる。