転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹のためにラスボスポジション返上します〜
(あー、くそ……。船は大丈夫だったのに、まさか馬車で酔うことになるとは。しかも酔ってるの、俺だけだし……)
俺は荷台の隅でうずくまる。
するとそんな俺の顔を、リリアーナが心配そうに覗き込んだ。
「お兄さま? ご気分がすぐれませんの?」
「……あ。――いや……大丈夫だ。心配するな」
馬車酔いだなんて情けないこと言えるわけがない。
セシルの事情を知ってしまった今では、尚更だ。
――セシルの事情。
それは、セシルが国王の反対を押し切って王宮を出てきたということだった。
そもそものことの発端は三週間前に遡る。
リリアーナが神殿に召されることが決まった日の前日、サミュエルは王宮に使いを送っていた。
『北の国境に瘴気発生の恐れあり。王宮魔法師の派遣を要請する』と。
だが国王は首を縦に振らなかった。
『瘴気の浄化は神殿の役目。王宮からの魔法師派遣はできかねる』そう返したのだ。
――サミュエルは激怒した。
それまでだって何度も人員の派遣を要請していたのに、のらりくらりとかわし続けた結果がこれか、と。
そもそも、王宮はそれまでだって一度も人員を派遣したことはないという。
というのもセシル曰く、王家と神殿は随分前から仲が悪く、表面上は協力し合っているように見えて内情は泥沼化しているからだ。
その理由は神殿が力を持ちすぎたせいだというが――まぁとにかくそんなわけだから、今回の瘴気浄化の第一陣というのも、王宮の人員は割かれていなかった。
実際は、神殿に仕える地方神官と魔法師、そして神殿が有志で募った魔剣士たちで結成されたという。
――が、国王とてこれでは流石に外聞が悪いと考えたのか。
いよいよ状況が悪いとなったときのために、奇跡の少女リリアーナを神殿に差し出す手筈を整えた。
それが今の状況に繋がっているのだが、しかし、セシルはそんな父親のやり方がどうしても許せなかった。
魔法師が派遣できないのなら自分が行くと言い出し、けれど当然のごとく止められ、脱走にも近い形で王宮を飛び出してきたのだという。