転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹のためにラスボスポジション返上します〜
俺はそれを聞いた時、おいおい、そんなことをしてもすぐ捕まるだろうと思った。が、そこはまたちょっと複雑で。
神殿が治外法権であることと、国王の外聞を気にする性格のため、セシルが王宮に連れ戻されることはなかったのである。
――とは言え、今もセシルが国王の追手を気にしているのは事実。
だからセシルはこれまでの道中、魔法で瞳の色を変えてまで自分の正体を隠してきたし、これからだってそうだろう。
つまり、俺たちは王侯貴族の権威を振りかざすことなく現地まで辿り着き、目的を達成しなくてはならないのだ。
地方領主から上等な馬車を借りることなく、金に物を言わせて誰かに怪しまれることもなく、サミュエルの計画を実行しなければならない。
だから、俺は口が裂けても言えないのである。
馬車酔いしましただなんて、情けないことを――。
「本当に大丈夫だ……リリアーナ」
「……でも」
すっかり口数の少なくなった俺を、リリアーナのみならずユリシーズとセシルも気にかけてくれる。
「アレク、君、顔が真っ青だよ。酔ってるんじゃない? 馬車、止めてもらおうか?」
「すまない、アレク。君が貴族だということをすっかり忘れていた。――グレン、もっと端に寄ってくれ。アレクを休ませたい」
「………いや……ほんと……だいじょ……ォエッ」
いかん。これは本格的にヤバイ。今一瞬なんか出た。喉の奥からこうドロッとした――この味は、そう。朝食べたベーコンエッグと……えーとえーと――あ、ヤバイほんともう無理。
本格的にもよおしかけた俺はすぐさま荷台後ろの垂れ幕を開き、頭を外に突き出した。
そして今にも吐きかけた――そのときだった。
突然馬の嘶きが聞こえ、同時にガッタンと馬車が大きく左右に揺れる。
その反動で、俺の身体は一瞬のうちに馬車の外に放り出された。