転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹のためにラスボスポジション返上します〜
俺は全力で叫び、足を速める。
――間に合うか、間に合わないか。
正直無謀な距離だった。どう考えてもグレイウルフの方が速い。
だが、そこは流石セシルと言うべきか。
俺の声に反応したセシルは、瞬時に攻撃魔法の範囲を拡大させた。
何十という数の水の刃を、突進してくるグレイウルフへ放つセシル。
それは緩いカーブを描きつつ、目にも止まらぬ速さでグレイウルフを迎え撃った。
――だが。
「――ッ」
グレイウルフは止まらなかった。
二本の足を切断され、腹は切り裂かれ、右目は潰され――それでも、グレイウルフは止まらなかったのだ。
勢いをそのままに、グレイウルフは残った二本の足だけで大きく跳躍し、セシルに向かって飛び掛かる。
鋭い牙で、セシルを噛み殺さんと――。
ああ、あの距離ではもう魔法は使えまい。
スローモーションに見える景色の向こうで、セシルが咄嗟に剣を抜く。
――が、それはあまりにも無謀な行動に思えた。
だってグレンは言っていたではないか。セシルの剣の腕はからっきしだと。
つまり、このままだとセシルは――。
――瞬間、気付けば俺は立ち止まっていた。
それは、自分の中のたった一つの可能性に賭けるべくとった本能的な行動だった。
俺の右手が、聖剣の柄を逆手で握りしめる。
とてつもなく長い一秒が、俺の五感を研ぎ澄ます。
――ああ、やれるか? お前は本当にやれるのか?
頭の中で、自分自身が問いかける。アレクの身体で、本当にやるのかと。
ああ、そうだ。わかってる。
この身体は慣れた俺の身体ではない。あの頃とは体格も感覚も違う。
それに手元にあるのは剣だ。前世嫌と言うほど握っていたボールではなく。
距離もまだ五十――いや、六十メートルはある。
だが今は躊躇っている暇はない。
それがたとえ過去世の経験だろうと、その可能性に賭けるしかないんだ。
(大丈夫、きっと当てられる。――いや、必ず当ててみせる)
自分を信じろ。
甲子園に出場したピッチャー歴八年の自慢のコントロールを見せてみろ。
あのデカい的になら――当てられる。