転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹のためにラスボスポジション返上します〜

 ――でも、ユリシーズはきっと知っていた。
 グレイウルフの群れと戦ったとき、瘴気は人にも悪影響を及ぼすと言った――あの言葉の意味は、きっとこういうことだった。

 でも、ユリシーズは俺には言わないようにしていたんだ。
 記憶が曖昧な俺に負担をかけないようにしてくれていた、それがあいつの優しさだった。

 なのに俺は……。


「俺さ、今日、ユリシーズを怒らせたみたいで……」
「――え? でも、ユリシーズ様が怒るところなんて見たことありませんわ」
「だよな。お前は見たことないよな。でも……あれは相当怒ってたと思う。あいつ普段は怒ると饒舌(じょうせつ)になるのに……今日は凄く静かだったんだ。それはきっと、いつも以上に苛立ってたからだと思う」
「原因に心当たりがありますの?」

 問われて、俺は記憶を思い起こす。
 ――だが、やっぱりわからない。

「いや。それがさっぱり。露店で肉を食べ歩いた後、急にユリシーズが立ち止まって……何か言いかけたんだけど、そこでノーザンバリー辺境伯の馬車が停まったから。――辺境伯がユリシーズの伯父だってことを俺が知らないって言ったら、何ていうか……冷たい目をされた」

 そう言うと、リリアーナは少しの間考え込む。
 が、同じく理由がわからない、という風に小さく首を振った。

「確かに以前のお兄さまは、ノーザンバリー辺境伯がユリシーズ様の伯父だと知っていらっしゃいましたわ。でも、ユリシーズ様はお兄さまの記憶が曖昧だと知っていらっしゃいますし、そのようなことで気分を害されるとは思いませんわ」
「…………そう、だよな」
「露店で食べ歩きをなさっているときは、いつも通りのご様子だったのですか?」
「……どうだろうな。もしかしたら違っていたのかもしれないが……」

 たとえ違っていたとしても、本来のアレクならいざ知らず、俺では気付けなかっただろう。
 それくらい、今の俺にはありとあらゆる情報が不足している。

 ――思えば、前世の記憶を思い出してからというもの、アレクの記憶はかなり断片化されてしまった。

「あのときこんなことがあったよね」と言われれば思い出せるが、自分からはなかなか思い出すことができないのだ。

(……駄目だ、このままじゃ)
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