転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹のためにラスボスポジション返上します〜
 セシルはまず、瘴気について説明を始めた。 
 瘴気は動物を魔物に変化させるだけではなく、人の身体を蝕み、最悪死に至らしめる毒であるということ。
 そして、瘴気による死亡者はこれが初めてではないということだった。

「これは説明せずともわかると思うが、僕ら王侯貴族が四大都市の内側に住んでいるのは、サミュエルの加護によって安全が保障されているからだ。リル湖から流れ出た運河の水によって土地は常に清浄に保たれ、それと同時に、僕らの体内に入り込んだ瘴気をも浄化している。運河の水を食事や飲み水として接種することで、僕らの身体は瘴気から守られているんだ。――だが、四大都市の外側はそうはいかない」

 セシルはそう言って、先ほど畳んだ地図のうち一枚をテーブルに広げる。
 それは北部――つまり、この辺り一帯の地図だった。
 セシルはその地図上でこの街の場所を指差し、難しい顔をする。

「僕らが今いる四大都市の外側は、常に瘴気の脅威にさらされている。多少の瘴気なら吸っても時間と共に解毒されるが、継続して体内に取り込めば身体は蝕まれるし、濃い瘴気を吸った場合は数時間……早ければ数分で命を落とすこともある。今回の犠牲者は複数名と言うから、かなり濃い瘴気であることは間違いないだろう」

 確かにユリシーズも、今のセシルと似たようなことを言っていた。
 けれどそれは、外側の人間はリル湖の水を接種していないから瘴気の影響を受けやすい――そういうニュアンスだったはずだ。"常に瘴気の脅威にさらされている”――そんな恐ろしい言い方ではなかった。

 疑問を感じた俺は、ユリシーズから聞いた言葉をそのままセシルに伝える。
 するとセシルは、何かが腑に落ちたような顔をした。

「……なるほど。ユリシーズは君にそういう伝え方をするのか」
「それ、どういう意味だよ」
「いや、別に深い意味はない。ただ……君はさっき"ユリシーズに線引きされる"と言っただろう。その言葉の意味がわかったというだけだよ。彼は君に対して、随分過保護なんだなと」
「…………」

 ――過保護。
 確かにそうかもしれない。あいつは俺に対して、過保護なのかもしれない。
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