転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹のためにラスボスポジション返上します〜
 ◆◆◆


「――さま。……お兄さま! もう着きますわよ、お兄さま……!」

「……っは」

 
 名前を呼ばれ、俺はハッと目を開けた。
 すると真っ先に視界に入ってきたのは、俺を射殺しそうに睨むグレンの怒りの顔と、そんなグレンを(なだ)めるセシルの困ったような笑顔だった。


「……悪い。俺、寝てた……?」
「“寝てた?"だと? 馬鹿も休み休み言え。相変わらず緊張感のない奴だな」
「まあまあ、グレン。いいじゃないか、それがアレクのいいところなんだから」 


 ――今、俺たちは馬車の中にいた。
 ノーザンバリー辺境伯が寄こした馬車で、辺境伯の屋敷に向かっているところだった。
 進行方向側の席に俺とリリアーナ、そしてユリシーズが座り、反対側にセシルとグレンが座っている。

 時刻は午前八時を回ったところだろうか。
 窓から街の様子を伺うと、店はまだどこも開いておらず、人もまばらだ。
 けれど雰囲気は平和そのもので、人々は鉱山の瘴気のことなど知らないように思えた。

 俺が外の景色を見ていると、リリアーナに袖を引っ張られる。

「――ん? どうした、リリアーナ」
「その……お兄さま、やっぱりまだお疲れなのでは? 昨夜も遅かったようですし」

 そう言って、俺を上目遣いで見つめるリリアーナ。
 その心配そうな表情に、俺は自身を情けなく思いつつも、どうしようもなく嬉しくなる。

「いや、大丈夫だ。腕だってさっきリリアーナが治してくれたからな。おかげで身体が軽い。今日はいくらでも動けそうだ」
「そうですか? なら、いいのですけれど……」
「それより俺はお前の方が心配だ。本来ならもう一日魔力を温存しておく予定だったのに」

 グレイウルフの森の瘴気を浄化してから、まだ二日しか経っていない。
 それなのに、もう新たな瘴気を浄化しなければならなくなるとは――俺はそれが気がかりだった。

 が、こればっかりは仕方がないということも理解している。
 瘴気を放っておけば、更なる犠牲者が出てしまうのだから。

「とにかく、無理はするなよ、リリアーナ。お前が倒れたら元も子もないんだから」
「はい、お兄さま」

 
 ――こうして俺たちは辺境伯の屋敷に到着し、執務室へと通された。

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