転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹のためにラスボスポジション返上します〜
(この瘴気の発生がゲームの強制力じゃないってことがわかったのは、まぁ良かったんだけど……)
それでも、誰一人として瘴気の原因を突き止めようとしないことには疑問が残る。
俺がそう尋ねると、ユリシーズは難しい顔をした。
「君の言いたいことはわかるよ。聖下の力でも、瘴気が広範囲だったりあまりに濃かったりすると、浄化が間に合わず動物たちは魔物と化してしまう。魔物は人を襲うし、普通の剣は通らないから犠牲も少なくない。――でもね、アレク。瘴気の発生は自然現象なんだよ。雨が降ったり風が吹くことと同じ。天候や天災は神の思し召しだ。だから、言及することはタブーとされてるんだよ」
「それはわかるんだけど。でも、お前はそれを知った上で俺に協力してくれるんだろ?」
「そうしたいのは山々だけど、僕はまさか君が、瘴気の原因を知りたいなんて言うと思ってなかったから。これ以上詳しいことを調べようと思ったら、神殿に行くしかないと思うな」
「神殿か。でも、神殿ってそう簡単に入れてもらえないだろう?」
「まぁ、そうだね。少なくとも僕は一度も入ったことないよ。あそこは治外法権だから、貴族だからって優遇してくれるわけでもないし」
「だよなぁ」
――とは言えここは乙女ゲームの世界。大神官サミュエルは攻略対象者だ。
リリアーナはこれから先頻繁に神殿に出入りするようになるだろうから、それに付いていくことができれば……。
俺がそんなことを考えていると、庭園の向こうから軽い足音が聞こえてきた。
これはリリアーナの足音だ。
そう思うと同時に、こちらに駆けてくるリリアーナの姿が目に映る。
腰まである緩くカーブした金髪と、アーモンド型の碧色の瞳。
金髪碧眼なのは俺と同じなのに、目つきの鋭い俺とは似ても似つかない。とても愛らしい顔をしている。
これがヒロインってやつか……。そう思わせる何かが、リリアーナには確かにある。
「お兄さま、特訓はそろそろ終わりでしょう? 東屋にお茶の用意をしたの。今日はお兄さまの好きなプディングを焼いたのよ。とってもうまく焼けたから感想を聞かせてくれる?」
そう言って無邪気に微笑む彼女からは、少しもこの先に待ち受ける苦難を感じない。
神殿に召喚されることが決まったと聞かされたときも、彼女は顔色一つ変えなかった。
泣き崩れる母親を前にして「わたくし、少しも怖くありませんわ。だから泣かないで、お母さま」――そう言って笑ったのだ。