私が梅雨を好きな理由
「雨の日なんて、少しくらいボサボサでもいいじゃん?」
もう。女心を分かってないんだから、蓮は。
「よくない。いつも可愛くいたいんだよ」
蓮の細くて長い指が、私の髪の毛をすくう。
「ふーん。なんで?」
どこか儚い表情をした蓮と、鏡越しに目が合った。
「……」
蓮に、可愛いと思ってほしい。
それだけなのに。
なんでそれが言えないかな。
「ね。心ちゃん、なんで?」
すっかり手を止めてもう一度そう聞いてきた蓮に「そういうもんなの」と、素直じゃない返事しかできない私は全然可愛くない。
「そういうもん、ね。
でもさ、いつも可愛くいられたら困る人もいるよ」
そう言って蓮は再びアイロンで私の髪を伸ばし始めた。
「なにそれ」
「心ちゃんを独り占めしたい奴が困る」
「そんな人、いないよ」
「いるよ」
「どこにいるの」
「んー。例えば……俺とか?」
蓮の言葉に思わず振り返ると、蓮は慌ててアイロンを私から遠ざけた。
「急に動いたらヤケドするって」
冷静にそう言った蓮。
いつもと変わらない表情。
あれ。
特別なセリフに聞こえたのは、私だけ?
「蓮が変なこと言うから、」
蓮は、尻窄みにそう言った私の頭を鏡に向け直した。
「……そろそろ、ダメ?俺だけの心ちゃんになってよ」
いつもと変わらないはずの蓮の耳は少しだけ赤くて。
鏡越しに私を真っ直ぐ見つめる瞳は、不安と期待が入り混じっていた。
「…蓮、だけの?」
「そう。俺だけの」
暫くの沈黙のあと私がコクリと頷くと、蓮は私を後ろからぎゅっと抱きしめた。
私と蓮が、幼馴染から恋人同士になった。
そんな雨の日の朝。
end