人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。


 カチッ

 ガラッ…


「…黒磯さん、おはよう」
「……」


二重の扉から現れた、日比野先生。



……私、この人、嫌い。



「朝ご飯、食べた?」
「……」
「何か言ってよ」
「……」



自殺未遂の件、もちろんそういう行動を起こした私自身が悪いけれど。

助長させた日比野先生も悪い。


私が正常な判断をすることができなかったのならば
日比野先生は、上っ面だけの言葉を並べてでも…私を制するべきだった。



それ故に、私はこの悪い医者のことが嫌いだ。
正直、顔も見たくない。



元々、社内での評判が悪かったこの人。
本当にその評判通りだった。



「…何で睨むの」
「……」
「何も言わないなら、せっかく持ってきたこれ…渡すのをやめようかな」



そう言って私の目の前にちらつかせた物。

…チョコレートだ。



「知ってる? これ、期間限定らしいよ」
「……」


思わず、そのチョコレートを目掛けて腕を伸ばす。
その行動に、日比野先生は口角を上げた。



「…欲しい?」
「……」



無言を貫く私。

先生は口角を上げたままチョコレートの封を破り、1粒掴んで私に差し出した。



「はい、あーん」
「…………」



嫌いな人に差し出されるチョコレート。

けれど、そのチョコレートは…食べたい。



私の中で様々な感情がぶつかり合う。



食べるか、食べないか。

…どうしよう、悩む。



「……」
「ほら、食べないと。僕が食べるよ」
「……」


悩んだ結果。
…チョコレートの、勝ち。


口を近付けて、先生の指ごと咥えた。


「うぉ」
「……」


口の中に広がる、チョコレートの甘さ。

食べ物が、ちゃんと美味しく感じる。
その感覚が久しぶりで、少し嬉しい。



「…美味しい」



素直にそう小さく呟くと、日比野先生はそっと微笑んだ。




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