人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。
窓の外を眺め、呆然と鳥でも数えていると、部屋に看護師さんが入ってきた。
その後ろには…見たことのある人がいる。
「黒磯さん…。こんにちは」
「……」
総務部の加賀さんだ…。
その姿に向かって、軽く一礼をする。
入院して初めて、人が私を訪ねてきた。
あの日以来、会社の人と会うのは初めてで…何だか少し動悸がし始める。
「黒磯さん、お元気でしょうか…って、それもおかしいですね。申し訳ございません…」
ベッドの横に設置された椅子に腰掛ける加賀さん。
看護師さんは扉の近くで1人立っていた。
「すみません、今日訪れた理由は…ご記入頂きたい書類があったからです。あの、お名前のご記入をして頂けますか……?」
「…………」
何だか加賀さんを見ていると、休職する前の記憶が蘇ってくる気がする。
何だろう。
この湧き出す……不穏な感情…………。
「…………」
思わず無言で加賀さんを睨みつけてしまった。
「えっと…黒磯さん、大丈夫ですか?」
「………………」
……全然、大丈夫じゃない。
今度は加賀さんから視線を外して、窓の外を見る。
外で飛んでいる鳥を視界に入れると、少しだけ気持ちが落ち着く感じがした。
カチッ
ガラッ
…二重の扉が勢いよく開く。
入ってきたのは、日比野先生だった。
「おい」
その声に、ビクッと体を震わせる看護師。
加賀さんもまた、体を震わせた。
「黒磯さんの部屋に、会社関係者を入れるなって言ったよな? 鳥頭か、お前」
「す……すみません」
眉間に皺を寄せた日比野先生。
先生は大股で加賀さんに近付き、手に持っていた書類を取り上げる。
「お前も。何かあれば直接じゃなくて、産業医である僕を通せと言ったよね?」
「……」
「しかも、休職申請書? …馬鹿が。こんなもの、一番どうでもいい」
書類を近くにあったごみ箱に投げ捨て、先生は私の枕元に来た。
睨むような目付きを止められない私の頭をそっと撫でる。
「ほら、会社関係者は立ち入り禁止だ。さっさと帰れ」
冷たい日比野先生の言葉に、加賀さんはスっと椅子から立ち上がる。
そして加賀さんは先生を睨みつけて、言葉を発した。
「…本当に日比野先生って最悪です。代わりの産業医、早く見つかればいいのに」
そう呟いて、加賀さんは部屋から出て行った。
その後ろを看護師も付いて行く。
「………」
久しぶりに見た。
冷酷な日比野先生。
私が入院してから冷酷な素振りは全然見せていなかったから、少しだけ新鮮だった…。