人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。



「…黒磯さん」
「……」


名前を呼ばれ、先生の顔を見る。


目が合うと先生は微笑み、白衣のポケットからお菓子を取り出した。

個包装された…クッキーだ。


先生はクッキーを私の目の前にちらつかせ、少しだけ口角を上げる。


「今日はね、パン屋さんのチョコレートクッキーだよ。これも美味しいんだ」
「………」


今日も無言でクッキーに向かって腕を伸ばす。
その様子にまた、先生は微笑んだ。



「欲しい?」
「……」
「ほら、思っていること…口に出してごらん」
「…………」


少し首を傾げながら、頑張ってその思いを言葉にしてみた。


「……欲しい」
「ふふ…良く言えました」



私の頭を撫でて、クッキーの封を開ける。
1つ摘んで差し出されるチョコレートクッキーは、1口サイズで…美味しそう。



「はい、どうぞ」
「………」



私はそれをまた、先生の指ごと咥えた。


「おぉ」
「………」



口の中に広がる、クッキーの甘さ。


サクサクとした食感………。
…美味しい。


「美味しい?」
「……」


ふと、涙が一筋零れた。


「……」
「あっ、泣いた…」
「……」


入院して、初めて涙が流れた。
それに自分でも驚く。


「黒磯さん、今の感情を教えて」
「……」


感情が複雑すぎて、今どういう気持ちなのか…全てを言葉にするのは少し難しい。

けれど、1つだけ
伝えられそうな感情が見つかった。



「……嫌…」
「ん?」
「会社の人…嫌」



窓の外に視線を向けて、呟くように吐き出せた言葉。
それを口に出すと、益々流れる涙の量が増える。


「…黒磯さん、良く言えたね」
「……」



日比野先生は背後から、そっと私を抱き締めた。
先生の表情は見えないけれど、少しだけ腕が震えている気がする。




「……」



私、この人、嫌い。


嫌いなのに、日比野先生に抱き締められているこの状況は…不思議と全然嫌では無かった…。



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