人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。

日付感覚




私の中に季節感や曜日感覚なんて全く無くて、今日が何月何日かイマイチ分からない。
元々働いていた時からそうだったから、余計にかもしれないけれど。


そんな私は、入院してもうすぐ4か月経つらしい。
ここ最近、かなり調子が良くなってきた。




『12月12日 火曜日 漢字の日』

「……」


日比野先生に渡された、日めくりカレンダー。
目を覚ましたら1枚めくりなさいと言われている。


日付感覚がない私へ、先生からのプレゼント。
手元には、来年用の日めくりカレンダーもある。




きっかけは、少し前に先生と交わした会話だった。




『もうすぐクリスマスだね』
『……』

首を傾げると、先生も首を傾げる。

『今日の日付分かる? 一応そこにカレンダーかかってるし、食事の際にも品書きに日付が書いてあると思うけれど』
『……』

小さく首を横に振ると、先生は唸り声を上げた。

『うーん、そうか……』
『……』


そしてその翌日、先生は日めくりカレンダーを持ってきたのだった。



 カチッ


 ガラッ…



「黒磯さん、おはよう」
「……今日は、12月12日……」
「お」



部屋に入ってきた日比野先生。
日付を読み上げるところ、聞かれてしまった。



「黒磯さん、今日は何の日か教えて」
「…………」
「何の日って書いてある?」
「…… 漢字の…日」
「そうか、今日は漢字の日なのか」


私の近くまで来て優しく頭を撫でてくれた。
最近この先生の手に、妙な安心感を覚える。



「喋る練習、頑張ってるね」
「…………」



自殺未遂の日。
あの日までは普通に喋れていたのに。

ここに入院してから喋ることが難しくなっていた。





入院の翌日くらいから先生は、喋らない私に「何か言ってよ」「何で喋らないの?」と何度も聞いて来た。


美味しい物を食べた時とか、心が少しでも動くと「美味しい」などの単語を発することができるのに、それ以外の会話というのは…全くできなくなっていたのだ。


それを不思議に思った日比野先生は私を診察して、ある診断を下した。



緘黙(かんもく)症。


精神的な病気で、言語能力や発声器官や言葉の理解に問題が無くても、話すことができなくなってしまうらしい。


あの時の昂った気持ち、咄嗟の衝動的な行動。
それら全ての反動で引き起こされたのではないかと、日比野先生は言っていた。



しかしこれが…なかなか治る気配が無い。



こんなにも色々な感情が湧くのに。
自分の言葉で話したいことがあるのに。

喋られず話せないのが、少しだけもどかしかった。



< 19 / 44 >

この作品をシェア

pagetop