人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。
就職をしてから、こういうイベントを意識したことが無かった。
クリスマスという単語すら忘れ、ただひたすら仕事をする毎日。
どんな時もプログラミングをしていたな…なんて思う。
クリスマスを実感するなんて…。
久しぶりの感覚だ。
……そういえば、最近。
あんなに大好きだったプログラミングのこと、思い出す頻度がほぼゼロになっていたかも。
今、久しぶりにプログラミングという単語が頭に浮かんだ。
大好きだったはずなのに。
思い出すことすら、無くなるなんて。
「…………」
「ん、黒磯さんどうした?」
日比野先生は私の元に駆け寄り、左手で頬に触れた。
表情が曇っていたらしく、先生は不安そうに顔を覗き込む。
「大丈夫? クリスマス、何か嫌な思い出でもあったかな」
「……」
それは違う。
小さく首を横に振る。
そして先生は首を傾げてこちらを見ていたから、私も同じように傾げた。
「……」
伝えたいのに。
口から言葉が出てこない。
「……」
私は枕元に置いていたノートに、そっと単語を書き出した。
【クリスマス、嬉しい】
「……そうか」
そう言って微笑む先生。
サンタの帽子の先についた白いポンポンが、先生の動きに合わせて小さく揺れた。
…不思議。
あんなに冷酷だと言われていたのに。
私の前での日比野先生って、全然冷酷ではなくて。
むしろ優しすぎて。
物凄く気にかけてくれる。
……他の患者にも、同じようにしているのかな。
つい、そんなことが気になってしまう。
「…………」
何だろう。
心が、モヤっとした…。
「そうだ、黒磯さん。これこれ」
差し出された小さな箱。
赤と緑のクリスマスカラーの包装紙が巻かれている。
「クリスマスプレゼント。開けてごらん」
「……」
先生に向かって小さく頭を下げて、包装紙を剥ぐ。
箱を開けると、中から木箱が出てきた。
「それ、オルゴール。上の蓋を開けてみて」
「……」
言われた通りに開けてみると、その箱から綺麗な音色が流れ始めた。
中にはピンクと赤の造花が装飾されており、まるでお花畑のよう。
「…………」
心地よい、オルゴールの音色。
目を閉じて聞き入ると、心が落ち着く感覚がした。
「気に入って貰えた?」
目を開けて先生の顔を見て深く頷くと、自然と言葉が出てきた。
「…ありがとう、ございます」
「…うん。どういたしまして。気に入って貰えたなら良かった」
また、微笑んでいる先生。
先生は私のベッドに移動し、縁に腰かける。
私が持っていたオルゴールを横に置いて、優しく…でも力強く、体を抱き締めてくれた…。