人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。

退院



入院して半年が過ぎた頃。
ついに、退院の日が決まった。


毎日毎日眺めた窓の外の大きな木には、淡いピンク色の花が咲いている。

いつまで経っても変化が無いな…と思っていた大きな木。桜の木だったんだ…。


まるで私の退院を祝うかのように、桜の花びらが舞い散っていた。



「………」



緘黙症は完治していない。
日比野先生は長期戦だと言っていた。

話せないから仕事復帰も難しいかも。
最近は…そんなことも考えている…。



 カチッ

 ガラッ…



「黒磯さん、おはよう」
「……」


部屋に入ってきた日比野先生。
ペコっと、小さく頭を下げた。
 

「ここにいるのも、あと1週間だね」
「……」



あと1週間。
実は今、私の中に少しの不安がある。


この半年間、隙間時間を見つけては私の元に来てくれた日比野先生。
仕事が休みの日も含めて、毎日毎日…1日も欠かさず、会いに来てくれた。


1人暮らしのアパート。
仕事復帰はできない。
日比野先生もいない。
故に…誰とも会わない。


退院して1人で過ごす時間が訪れることが…少しだけ不安だった。


「疲れたでしょ、ここでの生活も」
「………」


そう言いながら椅子に座る先生。
そんな先生の顔を見ると、急に涙が溢れ出てきた。


「え?」


全然止まらず、次第に嗚咽まで漏れ始める。
先生は私に両腕を伸ばし、心配そうに顔を覗き込んだ。


「黒磯さん? どうしたの」
「…………」


不安。
日比野先生、不安…。

しかし、その言葉は出てこない。



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