人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。
「……黒磯さん、聞いて」
耳元で囁かれ、体が固まる。
先生は消えそうなくらい小さな声で、言葉を継いだ。
「もう一度言うね。寂しくて不安なら、僕の元へおいで。全く迷惑では無いし、僕も君のことが心配だから、近くに居てくれると安心する。気兼ねしなくていいし、君が働けない間のお金も心配しなくて良いんだから」
「………………」
何度聞いても、魅力的な提案……。
だけど、偶然私が勤めていた会社の産業医だっただけの日比野先生。
赤の他人にそこまで甘えられない。
「……」
首を振りながら取り上げられたノートに再度手を伸ばし、文字を書く。
【嬉しい。でも甘えられません。ひとりでがんばります】
それを読んだ先生は、大きな溜息をついた。
「…………はぁ。君って、頑固だね」
「……」
「僕が良いと言っているんだ。素直になったらどうだ」
頭を撫でられ、止まっていた涙がまた零れ始める。
…素直…か……。
先生の顔をジッと見つめて、小さく1回頷いてみる。
すると、優しく微笑んでくれた。
そして私の頬に左手をそっと添え、先生は言葉を継ぐ。
「お金の件だけど。どうしても気になるって言うなら、君は僕の家族になればいい」
「…………」
「僕はいつかそうしたいと思うし、そうすれば君が気にすることは何も無い」
「…………」
想像を遥かに超えた先生の言葉。
それを理解するのに、少し時間がかかった。
「………」
呆然と先生の顔を眺めて首を傾げると、私の頬に添えられた左手で唇に触れられる。
優しく形をなぞられ、少しくすぐったい…。
「もう二度と死にたいなんて思わせたくないし、僕は君の支えになりたい。あの時死なずに生きていて良かったって、そう思って欲しいんだ。だからさ、君が一度諦めたその人生。僕の元でやり直してみない?」
「……」
「というか。黒磯さんのこと、僕に守らせて欲しい」
この人…なんて優しい瞳をしているのだろうか…。
冷酷なんて呼ばれている日比野先生から想像もできない様子に、自分の目も耳も疑った。
「……」
驚きすぎて無表情のまま固まっていると、先生は頬を少しだけ赤らめながら怪訝そうな顔をした。
「…一応、告白なんだけど」
「………」
一応、告白だったらしい。
「……」
最初嫌いだった、日比野先生。
あんなに嫌いだったのに。
今では傍に居て欲しい人の1人になっている。
傍に居ると、安心できる人。
先生の傍に居ることが許されるのなら…傍に居たい。
そう思い、そんな先生に向かって私は、もう一度小さく頷いてみた。
「傍に…居たい…」
同時に自然と出てきた言葉…。
「……黒磯さん、良く言えました」
それを聞いた先生は嬉しそうに微笑みながら…私にそっとキスをした…。