人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。
新しい生活
予定通り退院し、私は本当に日比野先生の家にやってきた。
4LDKの一軒家。
空き部屋1つを自由に使わせて貰えるらしい。
家の中に入ると玄関に猫が1匹いた。
三毛猫かな。
その猫は先生の姿を見て「にゃーん」と鳴き声を上げる。
LDKに通されると、目の前に広い空間が広がった。
ダイニングテーブル、ソファ、テレビ、棚。
最低限の家具だけが置かれた、広さの割に物が少ない部屋だ。
「黒磯さん、今日からここが君の家になる。遠慮しなくて良いから、好きに過ごしてね」
「……」
先生はネクタイを外して、カッターシャツの第1ボタンを開けた。
その様子を、ただ突っ立って眺める……。
「…見られると恥ずかしいな。てか突っ立ってないで。ソファに座りなよ」
「…………」
小さく頷き、ソファに座った。
ふかふかのソファ……。
病院の布団よりふかふかだ。
「…………」
落ち着かない。
少しそわそわしていると、隣に猫がやってきた。
そして私にくっついて座る。
「お、ジャスティス珍しいな。もう黒磯さんを受け入れたのか」
「……」
「あ、因みに猫の名前ね。ジャスティス」
ジャスティスと言うのか、君。
そっと頭を撫でてあげると、ジャスティスは気持ち良さそうに目を細めた。
「撫でてもらえて良かったな、ジャスティス」
「にゃーん…」
きちんと返事ができる、良い子。
ジャスティスを見ていると、心が穏やかになる気がする。
数か月ぶりに、自分の口角が上がったような感覚がした。