人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。
私のアパートに置いてある荷物は、今後徐々に運び出すことになった。
ただし、先生が休みの時に。
退院したとは言え、まだ完治はしていない私。
先生は複数の約束事を提示してきた。
1、家事や掃除をしようと考えないこと。
2、出掛けても良いけれど、当面は行き先や帰宅時間を必ず伝えること。
3、家の中では自由に好きなように過ごすこと。
4、悩み事をひとりで抱え込まないこと。
約束というには、私に寄り添ったあまりにも優しい内容。
「行き先の件は拘束目的ではなくて、“もしも”があったら困るからさ。病気が治るまでは必ず守ってね」
と念押しをして私の頭を撫でてくれる先生。
…もう、それだけで心は満たされる。
「そうだ。家にある物は自由に使ってくれていいからね。食べ物も、好きなようにして。あと、テレビゲームとかもある。格闘ゲームばかりだけど、楽しいよ」
「興味あるか分からないけれど、カンフー映画があの棚にあるのと…。『slow☆days 』っていうアイドルグループのライブDVD。僕、このグループが好きで、全部揃えてあるから。観ても良いし…」
「……………………」
先生から出てきた言葉に体が固まった。
久しぶりに聞いた。
懐かしいグループ名。
『slow☆days』は、以前私が好きだった、推してたアイドルグループだ。
……懐かしい。
本当に懐かしい。
すっかり忘れていた。
私が大好きだったもの。
いつの日からか出演している番組を観なくなり、SNSを見なくなり…『slow☆days』の全てから、私は離れていた。
「……」
その事実に、思わず涙が零れる。
「……え? どうしたの、黒磯さん」
驚いて私の顔を覗き込む先生。
私は小さく首を振り、退院と同時に返却されたスマホで文字を打った。
【体調を崩す前、私も大好きだったアイドルグループです。久しぶりの名前に、懐かしくなりました】
手で書くよりスマホで打つ方が早いし簡単だ……。なんて思いながら先生の顔を見ると、目に涙を浮かべながら嬉しそうな表情をしていた。
「そうなんだ。…今度、一緒に鑑賞会をしようね」
ゆっくり頷き、もう一度先生の顔を見る。
一緒に…鑑賞会。
先生のその言葉にまた、自然と口角が少しだけ上がった…。