人生を諦めた私へ、冷酷な産業医から最大級の溺愛を。
「じゃあ、次。問診票の死んでしまいたいと思ったことがあるってところが、【はい】になっているけれど、今も思うの?」
この問いには、すぐに返答が出来た。
「……思います」
「何で?」
「何故生きているのか、分からないからです」
「ふーん……」
先生はまた何かを記入し、言葉を継ぐ。
「生き甲斐は?」
「……」
「趣味は?」
「……」
「異性に興味は?」
「……」
「ふーん……」
また記入し、今度はペンを置いた。
「じゃあさ、生きるのを止めたら? 何か辛そうだし、楽しくなさそう。別に貴女がいなくなっても、誰も困らないでしょ」
「………………」
出た、有名な日比野先生の言葉。
けれど、その言葉を聞いても全く感情が湧いてこない。
怒りも悲しみも……何も無い。
「……怒らないの?」
「…何も思いません」
「泣かないの?」
「何も思いません」
「ふーん…。人生、楽しくなさそうだね」
「……」
だから、面接させられているんだけど。
そう思う余裕が私の中に残っていたみたい。
けれどそれを言葉に出す気力はどこにも無い。
しかし、先生が生きるのを止めたらって言うなら、そうしても良いのかな。
そう思い、呟いてみた。
「…この後、遺書でも書いてきます」
「ん? 別に遺書はいらないよ。誰も困らないから」
「困らない…」
「そう、無駄な労力は掛けるものじゃないよ」
「…そうですか」
誰も困らないか。
そうか。
…益々、何で生きているのか…分からないな……。
「……」
先生とそんな会話をしていると、面接室の扉が勢いよく開いた。
飛び込むように部屋に入ってきたのは加賀さんだ。
「ちょ、日比野先生!? さっきから話を聞いていましたけれど、何ですかそれ!! 助長させないで下さい!!」
「聞いたら駄目だよ。プライバシーの侵害だ」
加賀さんは私の体を引っ張り、椅子から立たせた。
「精神的に不味い状況の人に、生きるのを止めたらとか言わないで下さい! 貴方本当に医者ですか!?」
「……黒磯さん。同じ時間にまた明日来てね」
「話聞いてくれる!?」
「………煩いな、医者に口出しするな。これが僕のやり方だから」
「は、はぁ!? ………黒磯さん、戻りましょう」
勢いよく部屋を飛び出し、扉を閉める加賀さん。
怒りを抑えながら私と一緒にシステム部のオフィスに向かっていた。
「あの人、本当は対応も態度も悪くて…医師会に産業医の変更を申し出ているのです。けれど、なかなか代わりがいないのも現状で……。すみません、黒磯さん。今言われたことは、忘れて下さい」
「…………」
忘れろと言われても…明日も先生と面接でしょう。
「…そこまで、器用じゃない」
思わずそう呟き、下を向く。
この日を境に私は、産業医である日比野先生との面接が始まった。