【完結】素っ気ない婚約者に婚約の解消をお願いしたら、重すぎる愛情を注がれるようになりました
第35話 解毒剤と惚れ薬

 ☆★☆

「神様、どうか……」

 アルベール様が刺されてから、五日が経った。リーセロット様の持っていたナイフには毒のようなものが塗ってあったらしく、アルベール様はあの後三日間も生死を彷徨われた。昨日、クールナン侯爵夫人から「容体は安定した」という連絡を貰った時、私は心の底から安堵した。クールナン侯爵夫人からのお手紙には、私の心配も書いてあった。きちんと眠れているか、きちんと食事が摂れているか。はっきりと言えば、眠ろうとすればあの時の光景が目に浮かんで眠れなくなるし、食事も満足に摂ることが出来ていない。でも、それを素直に書くことは出来なくて。私は「そこそこ、出来ています」と返事をした。本当のことなど、到底言えなかった。

「どうして、こんなことになっちゃったのかな……」

 そう、小さくつぶやいてしまう。私が襲われかけたと知った両親は、私にしばらくお屋敷に閉じこもるようにと指示を出した。特に、アルベール様が目覚めるまでは一歩も出ないように、と。それはきっと、あの事件の背後にアルテュール様がいらっしゃると分かっていたからだろう。……私も、そう思うから。

 リーセロット様の暴走の背後には、アルテュール様が確実にいらっしゃる。だって、周囲がリーセロット様の異常な行動に気が付かなかったのは、間違いなくアルテュール様の魔法が関わっているから。

 それに、一つだけ思うこともある。私はアルベール様が刺された時、とても苦しかった。それはまるで、愛する相手を失いそうになったようで。私は、その時気が付いてしまったのだ。アルベール様を、とても大切に思っていたということに。

 これが恋心なのかは、分からない。でも、アルベール様のことを大切に思っていたことだけは真実。今思っても、私に縋ったり愛を叫んだりするお姿が、思い浮かぶ。そして、あのお美しい笑顔も。優しい声で「シュゼット嬢」と呼んでくださるようになった。あの声が、私は好きだったのだ。うるさいと言っておきながらも、私は彼に惹かれていた。……こんなことになって気が付くなんて、遅すぎるかもしれないのに。
< 124 / 142 >

この作品をシェア

pagetop