【完結】素っ気ない婚約者に婚約の解消をお願いしたら、重すぎる愛情を注がれるようになりました
第8話 落ち着かない時間
「……あの、アルベール、様?」
「どうかしましたか、シュゼット嬢」
「一つだけ、言わせてくださいませ。……近くありませんか!?」
クールナン侯爵家の家紋があしらわれた広々とした馬車の中。私とアルベール様は隣同士で座っていた。うん、それは別に構わない。でも、問題は――その距離が滅茶苦茶近いこと。肩と肩が触れ合うぐらい、といえば想像がつくだろうか。ちなみにだけれど、この馬車の中はとても広い。くっつかないといけないというわけではない、決して。
「これぐらい普通なのでは? えぇ、むしろそうしろと教えてもらったので……」
「いや、いったいどんな教えですか……」
「単純ですよ。狭いところではくっつけって」
「そうですね。それは恋人同士、もしくはとても仲の睦まじい婚約者同士にだけ、あてはまることですね」
少なくとも、私とアルベール様ではあてはまらない。もっと、距離を取ろう。そう思って私は移動するけれど、アルベール様ももれなく着いてこられる。あのですね、これでは意味がない気がするのですが……?
「そもそも、アルベール様にそんな間違った教えをされたのは何処の誰ですか? それから、間違いなくその恋愛指南は間違っています」
「……完全に間違っているとは思いませんけれど、俺は。だって、実際にそれで俺の母は結婚したのですから」
「……指南されたのはクールナン侯爵ですか。そうですか。……なんだかなぁ」
そうつぶやいて、私は膝の上で手のひらをぎゅっと握りしめる。もう、意味が分からない。この間まで素っ気ない態度ばかり取っていらっしゃったのに、いきなりべったりになるなんて。しかも、常軌を逸したべったり具合。何、これ。罰ゲームですか? 私を殺す気ですか? そうなったら死因は何になるのかしら? ドキドキしすぎたことでしょうか。でも、決していい意味のドキドキではないわね。