【完結】素っ気ない婚約者に婚約の解消をお願いしたら、重すぎる愛情を注がれるようになりました
第9話 見てはいけなかった光景
「どうぞ」
「……はぁ」
馬車を降り、クールナン侯爵家のお屋敷がある敷地内を進んでいく。アルベール様は私の手を握ったまま、放してくださらない。……逃げないってば。そう言おうかと思ったけれど、口を閉じた。逃げないという約束が出来なかったから。誰だって、自分の身に危険が迫ったら逃げるでしょう? そう言うこと。
「今日は何をしますか? 庭でお茶をしてもいいですし、屋敷の中を見学してみてもいいですよ。いずれ、ここに住むのですから、中を知っておくのも必要でしょう?」
「そうですね。……このまま、婚約が続行されればですけれど……」
ぼそりと自分にしか聞こえない音量でそんなことを言う。正直、私はここ数日で「別の意味」でアルベール様のことが苦手になってしまった。私は元々男性が苦手だ。特に、見た目麗しい男性が大の苦手だ。それでも、アルベール様との婚約を受け入れたのは、ただ単にメリットが大きかったから。まぁ、我慢しようと気を張り続けた結果、我慢が爆発してあんなことになったのだけれど。
「そうですねぇ……。お屋敷の中の見学もいいですけれど、出来ればお茶が飲みたいです、まずは」
「分かりました。では、使用人に準備させてきますね」
アルベール様はそうおっしゃって、近くで別のお仕事をされていた従者に指示を出されていた。……いや、お仕事の邪魔なのでは? そう思ったけれど、その従者は朗らかな笑みを浮かべて「承知いたしました」と言ってくれた。そして、彼は最後に私の方を見てふわっと笑ってくれた。……素朴な感じが、いいわね。