【完結】素っ気ない婚約者に婚約の解消をお願いしたら、重すぎる愛情を注がれるようになりました
閑話2 アルベールとクールナン侯爵
☆★☆
「放せ! 放せっつってんだろ!?」
「いえ、今父様を解放したら、俺が母様に殺されるので、絶対に無理です。俺も命が惜しいので」
クールナン侯爵家の屋敷の階段をのぼりながら、俺はそう言う。ちなみに、俺は今実の父親を担いでいる。母様譲りのこの怪力はいろいろと便利だ。……父様は決して小柄ではないので、大変なのは大変ですけれど。
「ティナが! ティナが!」
「……俺だって、出来れば父様なんて放り出して、シュゼット嬢の元に向かいたいですよ」
父様は顔だけの人間だ。いや、多分世間一般的には有能な部類に入るのだろうけれど、俺からしたら顔だけ。顔以外に取り柄がない。
父様のその顔の良さは、未だに社交界を騒がせている。しかし、父様の愛情が病的に重いことは有名なので、誰もが「観賞用」だと割り切っている。誰も、母様から父様を奪おうとはしない。その一途さは認めるが、母様の地雷をいとも簡単に踏み抜くのはやめていただきたい。切実に。屋敷の中の茎が凍てつくから。
どうでもいいが、父様の名前はファース・クールナンという。この名前は俺の祖父が付けたらしい。意味は……知らない方がいいと思う。俺の名前の意味を聞いた時、そう思いましたから。……どうして、自分の妻と似たような名前を付けるのでしょうか。そう思って遠い目をしたのは記憶に新しい。……ですが、俺もたぶん子供が出来たらシュゼット嬢に似たような響きの名前を付けるのでしょうね。だから、強くは言えないのですが。
「……しかし、前々から思っていたけれど、お前の婚約者ちょっと地味じゃないか? いや、上の中ぐらいのレベルはあるけれどな。けど、ティナほど華がないというか……」
「落としますよ」
「いや、悪い意味じゃないってば! お前はどうしてそう短気なんだ!」
「父様に似たのでしょうね。母様のことになると、話も聞かずに飛び出すのですから」
どうにも、このクールナン侯爵家の男はこういう生き物らしい。一途に同じ女性を愛し続ける。そう言えば、聞こえはいいかもしれません。でも、その愛情は病的に重いのが常。中には監禁に走ろうとした人もいるとか、なんとか……。いや、俺もシュゼット嬢が俺の元から逃げるのならば、そうしますけれどね? でも、出来れば取りたくない選択です。シュゼット嬢に、嫌われてしまいそうですから。