【完結】素っ気ない婚約者に婚約の解消をお願いしたら、重すぎる愛情を注がれるようになりました
「それと、もう今は夜の八時過ぎなのよね。だから、とりあえず泊まっていきなさい。貴女のおうちには連絡を入れたし、明日一番にカイレ子爵邸に帰ればいいわ。大丈夫、シュゼットちゃんは私のお客様ということにしておくから」
「……お世話に、なります」
「いいの。……ただね、いくつか言っておきたいことがあるの」

 クールナン侯爵夫人は椅子に戻られると、静かに私のことを見つめてこられる。その目には意志の強さが宿っているように見えて、彼女が強い女性なのだということを嫌というほど思い知らされた。……私とは、違う。私みたいな嫌なこと一つで現実逃避をするように倒れる女とは、違う。

「私は、シュゼットちゃんの過去とか心の傷とかを軽々しく詮索したりはしない。誰だって、秘密の一つや二つある方がミステリアスで魅力的に映るだろうから。……でも、生涯の伴侶となる人に、それは通用しない」

 私はそのお言葉を聞いて、クールナン侯爵夫人からゆっくりと視線を逸らしてしまった。分かっている。おっしゃりたいことは、分かっている。嫌というほど、分かっているはずなのだ。だけど、話す勇気が全くでない。

「だから、シュゼットちゃんの過去をアルベールだけには話してあげてほしい。……私や旦那様には、話さなくていい。でも、アルベールだけには話して。あの子は、きっと貴女の力になりたがっている」

 そうおっしゃって、クールナン侯爵夫人は膝の上に置いた本の背表紙を撫でられた。……あの子とは、間違いなくアルベール様のこと。
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