夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした
事務室に入っても、しばらくドクドクと心臓の音は鳴り止まなかった。
仕方ないわよ。首切りの現場に鉢合わせしちゃったんだから…。
由亜は自分自身にそう言い聞かせ落ち着かせる。
オーナー真壁のキャスト切りは、働き始めて1カ月の間にも何回かあった。
同情も慈悲も何もないのだ。遅刻、仕事上のミス、掟破り…どれも猶予無く一回で容赦無く、退職を言い渡されていた。
遅刻…私の遅刻は事前にママには伝えたけれど…由亜は思わず身震いする。
必死でPCに向かって作業をするが、いつ真壁が来て首を言い渡されるかと内心ヒヤヒヤで、事務室のドアが開くたびに、ドキッと身体を震わせていた。
1時間ほど経過して作業に没頭し始めた頃、不意にノックも無しにドアがガチャっと開く。由亜は怯えながらその人物を見上げる。
「何…怯えてるんだ?」
ぶっきらぼうに言い放つ言葉は、紛れもなく真壁だったから、由亜はついに私も首を切られるのだと覚悟を決める。
「あの…私も首ですか?」
壁にもたれて腕を組み、こちらを見たまま動かない真壁に、このままでは居た堪れないと、恐る恐る由亜は聞く。
「何でお前が首なんだ?」
逆に聞き返されて、由亜は怪訝な顔をする。
「…遅刻したので、もう首かと…。」
恐る恐るそう言うと、ハッと笑って真壁が、
「お前の遅刻は正当な理由がある。それに事前に連絡をよこしてるんだから、なんの問題は無い。」
「そうなんですか…。
良かった…てっきり今日で終わりかと…。」
由亜はホッとして肩の力を抜き、またPCに向かって仕事を再開する。
「なぁ、由亜。お前その格好の方が、声をかけられなかったんじゃないか?」
珍しく真壁の方から声をかけて来る。
由亜は作業の手を止めないで、真壁に背中を向けたまま喋る。
「確かに声かけはありませんでしたが…。
ずっと猛ダッシュしてきたので、そのせいだと思ってますけど…。」
「いや、明らかに冴えない女を醸し出していた方が、素通りされる筈だ。明日からその格好のままで来い。いささか場違えではあるが、変な店に引き摺り込まれなくて済む。」
先日あったちょっとしたアクシデントの事を咎められているのだろうか…と由亜は思い、手を止め振り返り真壁を見る。
なのに珍しく真壁からサッと目を逸らされる。
先日のアクシデントとは、出勤中にヤクザ風の男に声をかけられて、危うくソープ嬢にさせられそうになったという、全く笑えない話しだ。
そこにたまたま居合わせた、キャストの女子が店に連絡をしてくれて、真壁が駆けつけ危く喧嘩になりそうになったのだった。
「先日の事を咎められているのであれば…。」
「そう言う事じゃない。」
被り気味に真壁が言う。
「でも…こっちの格好の方が私にとっての普段なんです。もし、会社の人にでも見つかったら、途端に本職が働きにくくなります。うち副業禁止ですし…。」
そう言って抗議するのに、
「気付かれたところでそいつらだって、やましい店に行ってたかもしれないんだから、何も言わないだろ。」
やましい店って…確かにこの街にはそんな、いかがわしい店も沢山あるが、普通の飲み屋だってなくは無い。
「そんなお店ばかりじゃないですよ。ドラッグストアだって…ありますし。」
私に興味も無い癖に、やたら今日は絡んでくる真壁に少し反抗してしまう。
真壁は壁から離れドカドカと大股で近付いて来て、隣のデスクの椅子に座るから、急に縮まった距離にまたドキンとして、由亜は慌ててPCへと目を向け仕事を再開する。
「言っちゃなんだが…お前のその男慣れしてない感が、結構いいカモだからな。」
そう言って、由亜の顔を隠すように垂れ下がっていた横髪を、スーッと拾い耳にかけてくるから、触れられた耳が急に熱くなる。
「な、なんなんですか。き、気軽に触れて来ないで下さい。」
キッと睨んで真壁を牽制する。
「そういう反応…お前は雛か。」
真壁のその色気のせいだと、反論したいのを由亜はグッと我慢する。
「…仕事中なので…邪魔しないで下さい。」
由亜はそうボソッと呟き、真壁を牽制し続ける。
「お前のそのツンデレな態度は嫌いじゃないが…仮にも俺はここのオーナーだぞ。もう少し愛想良くするべきだろ。」
今度は真壁が何故か反抗的な態度だ。
「面接の日に、愛想笑いや気遣いは不要だと、言われたのはオーナーですが…。」
つい由亜も反抗的な態度を取ってしまう。
「…確かに。」
何かを悟ったかのように、今度は急に納得し始める。
「オーナーは暇なんですか?私なんかに構って無いで、早く仕事に戻ってください。」
由亜がこれでもかと睨みを効かせて、真壁を見る。
すると真壁がハハハッと笑い出すから、由亜はびっくりして、作業の手を止めその姿を見つめる。
「…そんな事、初めて言われた。お前、面白いな。」
はい…⁉︎たまにこの人よく分からない…。
真壁はそれでもまだ笑いながら、由亜の頭をポンポン叩いて、
「お前に言われたから、働いて来るよ。」
と、笑顔を残して部屋を出て行った。
なんなのあの人…何しに来たの?
由亜は揶揄われたのかと、少し憤慨しながらまた仕事に戻った。
仕方ないわよ。首切りの現場に鉢合わせしちゃったんだから…。
由亜は自分自身にそう言い聞かせ落ち着かせる。
オーナー真壁のキャスト切りは、働き始めて1カ月の間にも何回かあった。
同情も慈悲も何もないのだ。遅刻、仕事上のミス、掟破り…どれも猶予無く一回で容赦無く、退職を言い渡されていた。
遅刻…私の遅刻は事前にママには伝えたけれど…由亜は思わず身震いする。
必死でPCに向かって作業をするが、いつ真壁が来て首を言い渡されるかと内心ヒヤヒヤで、事務室のドアが開くたびに、ドキッと身体を震わせていた。
1時間ほど経過して作業に没頭し始めた頃、不意にノックも無しにドアがガチャっと開く。由亜は怯えながらその人物を見上げる。
「何…怯えてるんだ?」
ぶっきらぼうに言い放つ言葉は、紛れもなく真壁だったから、由亜はついに私も首を切られるのだと覚悟を決める。
「あの…私も首ですか?」
壁にもたれて腕を組み、こちらを見たまま動かない真壁に、このままでは居た堪れないと、恐る恐る由亜は聞く。
「何でお前が首なんだ?」
逆に聞き返されて、由亜は怪訝な顔をする。
「…遅刻したので、もう首かと…。」
恐る恐るそう言うと、ハッと笑って真壁が、
「お前の遅刻は正当な理由がある。それに事前に連絡をよこしてるんだから、なんの問題は無い。」
「そうなんですか…。
良かった…てっきり今日で終わりかと…。」
由亜はホッとして肩の力を抜き、またPCに向かって仕事を再開する。
「なぁ、由亜。お前その格好の方が、声をかけられなかったんじゃないか?」
珍しく真壁の方から声をかけて来る。
由亜は作業の手を止めないで、真壁に背中を向けたまま喋る。
「確かに声かけはありませんでしたが…。
ずっと猛ダッシュしてきたので、そのせいだと思ってますけど…。」
「いや、明らかに冴えない女を醸し出していた方が、素通りされる筈だ。明日からその格好のままで来い。いささか場違えではあるが、変な店に引き摺り込まれなくて済む。」
先日あったちょっとしたアクシデントの事を咎められているのだろうか…と由亜は思い、手を止め振り返り真壁を見る。
なのに珍しく真壁からサッと目を逸らされる。
先日のアクシデントとは、出勤中にヤクザ風の男に声をかけられて、危うくソープ嬢にさせられそうになったという、全く笑えない話しだ。
そこにたまたま居合わせた、キャストの女子が店に連絡をしてくれて、真壁が駆けつけ危く喧嘩になりそうになったのだった。
「先日の事を咎められているのであれば…。」
「そう言う事じゃない。」
被り気味に真壁が言う。
「でも…こっちの格好の方が私にとっての普段なんです。もし、会社の人にでも見つかったら、途端に本職が働きにくくなります。うち副業禁止ですし…。」
そう言って抗議するのに、
「気付かれたところでそいつらだって、やましい店に行ってたかもしれないんだから、何も言わないだろ。」
やましい店って…確かにこの街にはそんな、いかがわしい店も沢山あるが、普通の飲み屋だってなくは無い。
「そんなお店ばかりじゃないですよ。ドラッグストアだって…ありますし。」
私に興味も無い癖に、やたら今日は絡んでくる真壁に少し反抗してしまう。
真壁は壁から離れドカドカと大股で近付いて来て、隣のデスクの椅子に座るから、急に縮まった距離にまたドキンとして、由亜は慌ててPCへと目を向け仕事を再開する。
「言っちゃなんだが…お前のその男慣れしてない感が、結構いいカモだからな。」
そう言って、由亜の顔を隠すように垂れ下がっていた横髪を、スーッと拾い耳にかけてくるから、触れられた耳が急に熱くなる。
「な、なんなんですか。き、気軽に触れて来ないで下さい。」
キッと睨んで真壁を牽制する。
「そういう反応…お前は雛か。」
真壁のその色気のせいだと、反論したいのを由亜はグッと我慢する。
「…仕事中なので…邪魔しないで下さい。」
由亜はそうボソッと呟き、真壁を牽制し続ける。
「お前のそのツンデレな態度は嫌いじゃないが…仮にも俺はここのオーナーだぞ。もう少し愛想良くするべきだろ。」
今度は真壁が何故か反抗的な態度だ。
「面接の日に、愛想笑いや気遣いは不要だと、言われたのはオーナーですが…。」
つい由亜も反抗的な態度を取ってしまう。
「…確かに。」
何かを悟ったかのように、今度は急に納得し始める。
「オーナーは暇なんですか?私なんかに構って無いで、早く仕事に戻ってください。」
由亜がこれでもかと睨みを効かせて、真壁を見る。
すると真壁がハハハッと笑い出すから、由亜はびっくりして、作業の手を止めその姿を見つめる。
「…そんな事、初めて言われた。お前、面白いな。」
はい…⁉︎たまにこの人よく分からない…。
真壁はそれでもまだ笑いながら、由亜の頭をポンポン叩いて、
「お前に言われたから、働いて来るよ。」
と、笑顔を残して部屋を出て行った。
なんなのあの人…何しに来たの?
由亜は揶揄われたのかと、少し憤慨しながらまた仕事に戻った。