夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした
「由亜…お前、やたらとアイツに甘いよな。」
沈黙を破ったのは真壁の方で、なぜか咎められるような目線を投げかけられる。

「そんな事は…。
私と境遇が似ているから…少し同情しちゃうんです。」

「境遇?」
そんなに深掘りされると嫌だなと、由亜は警戒しながら、
「私も母子家庭なので、経済的に大変なのは分かるんです。」

「そうか…。」
真壁もそれ以上は聞いて来ないのでホッとする。

ところで…この人何しに来たんだろう?

また居座るつもりなのか、壁に寄りかかりこちらをじっと見て来るから、由亜は仕事の手を止め真壁と向き合い、首を傾げる。
今日こそは、連日押しかける意図を聞き出さなくてさと思う?

「何か、ご用意ですか?」
そう聞くと、

「…お前がここで働く理由も、アイツと同じなのか?」
とまた、聞いて来る。

「母は私が高校生の時に亡くなりました。…でも、お金はあって越したことはないで。」
あまり暗くなりたくなくて、さばさばとそう答えて仕事を再開する。

「それからずっと1人なのか?」
なおも真壁は深掘りして聞いてくるから、

「プライベートの話しは仕事に不要ですよね?」

確か…雇用契約書の要約に、仕事にプライベートを持ち込まないようにと書かれてあった筈。

「…確かに。」
真壁はそう言って、さっき真那斗が座っていた隣のデスクの椅子にドカッと座る。

由亜は若干の居心地の悪さを感じて、
「…コーヒーでも入れましょうか?」
と、返事を聞く前に席を立つ。

ああ…もしかして、今…京ちゃんの事を話す絶好のタイミングだったかも…。

会う前はあんなに恨んでいた人だったのに、いざ人と成りを知ってしまうと怖気付いて、一歩も前に踏み込めない。

客にもどこか冷たくて、お金が無いと見切りをつけられる。容赦無く人を切り捨てる人。

…京ちゃんはそう言っていたけれど、裏で見る彼は思っていたよりも、クリーンで誠実な経営をしているし、キャストの女子を確かに容赦無く首にはするけど…筋は通っているから言い返せない。

コーヒーを用意して事務室に戻ると、まだ私の席の隣で足を机にかけて堂々と座っている。その後ろ姿に足を止めてしばらく見つめてしまう。

すると、真壁がクルッと椅子を回転させて、
「なんだ?」
と怪訝な顔を向けて来る。

「いえ…別に何も…。」
由亜はコーヒーを真壁のいるデスクに置きながら、今日も結局敵討ちは果たせそうも無いと、ついため息が漏れてしまう。

「何か不満があるなら、はっきり言え。」

「いえ…忙しいオーナーが、こんな所で油を売っていてもいいものかと、思いまして…。」

「…なんだ、俺が邪魔なのか?」
と、真壁は気にも止めず美味しそうにコーヒーを飲み始める。

それ以上はなんら脈略の無い会話をしながら、就業時刻が過ぎて行った。
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