夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした
「何言って…オーナーは仕事があるんですから…。」
由亜はさすがに驚いて、慌てて真壁の後ろをついて行く。

「俺の勝手だ。お前には関係ない。」
先程の由亜を真似ているのか、今度は真壁が頑として聞かない。
 
車のキーを持ち由亜の鞄を人質に、スタスタと歩いて行く真壁の後ろを、由亜は小走りに着いて行くしかない。

どの道を歩いたのか分からないが、いつの間にか地下の駐車場まで来ていた。
そして何台か停まっている高級車の中の、黒光するスポーツカーの前に行き、

「乗れ。」
と、半ば強引に車に押し込まれる。
中はツーシートで豪華な革張りだったから、ここで急に緊張してくる。

「あ、ありがとうございます。」
 由亜はそれでも律儀にお礼を言うと、真壁にポンポンと頭を撫ぜられて車が動き出す。

初めは緊張で固まっていた由亜だったが、しばらくすると、初めて乗るタクシー以外の車に感動し、車窓から流れる夜景を楽しみ出す。

「わぁ、綺麗…。」
都庁を通り過ぎる時、思わず感嘆の声をあげる。

「何年ここに住んでるんだ?」
真壁はそれを面白そうに、フッと笑う。

「オーナーは夜の街をきっと、何度となく車で走ってるから分からないんです。車から見る街の夜景は格別に綺麗です。」

「そうか…。こんな景色でそんなに喜ぶなんて、お前は安上がりだな。こんな事ならレインボーブリッジ方面に向かえば良かった。」
真壁がそう言うから、ここでやっと由亜は気付く。

「あれ…?
オーナーって私の家がどこか知ってるんですか?」

「…履歴書見たから、最寄りの駅くらいは知ってる。実は俺もその付近に昔住んでいた事があるんだ。」
意外な事実を知らされて、

「えっ!そうなんですか?あんな都会の片端に住んでたなんて。歌舞伎町No.1のホストがですか⁉︎」
思わずそう言って、信じられないという顔を向けると、真壁はフッと笑って、運転しながらチラッと由亜を見やり、

「…都会の片端って。」
真壁の笑いのツボに触れたらしく、しばらくハハっと笑い出す。

そんな笑う?
何が面白いのか由亜にはさっぱり分からない。

「地元なんだ。今は新宿辺りに住んでいるが。
お前、そう言えば都心の会社に通うんだったら、うちのキャスト専用のマンションがあるからそこに来ればいい。通勤代も時間も浮くぞ。」
と、そう突然言って来る。

「アルバイトの私が借りるなんて…滅相も無いです。」
由亜は驚き目を見開いて、手を左右にバタバタ振る。

「ダブルワークするより、そこを削った方が断然節約になるだろ。」

「私。一緒に住んでいる人が居るので…。」

「はっ⁉︎………男か?」
真壁の声のトーンが急に変わる。

「まさか…違いますよ、従姉妹です。…今ちょっと体調を崩していて、復帰するまで出来るだけ側に居たいんです。」

「…そうか…それは大変だな。」
真壁は何故かホッとしたような顔をしてた。

それから最寄りの駅まででいいと言う由亜を押し切り、律儀にアパートの下まで送り届けてくれた。
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