夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした

真壁翔という人(翔side)

(真壁翔side)

苦学生だった俺が大学の資金を作る為、手っ取り早く金を手にする事が出来るバイト、それがホストだった。

大学を出たら足を洗うつもりで、なんとなく始めたバイトだったが、簡単に1日数十万円を稼ぎ出せるようになって来た頃、気付けば大学を辞め、ホストの世界にどっぷり浸かってしまっていた。

世の中の酸いも甘いも知ってしまった俺は、女という生き物に嫌気がさして、男という俺自身に落胆していた頃だった。

佐野由亜に会ったのは…。

その頃まだ学生だった由亜は、俺が住んでいた街の、最寄り駅の近くのコンビニでバイトをしていた。

時刻は決まって18時から22時。
この時間に電車に乗って働きに出ていた俺は、いつもそこでタバコを買って、出勤するのが日課だった。
俺は彼女にとって、ただのコンビニの常連客だったに過ぎない。

そんな話しをしたらきっと彼女は驚くだろう…。

彼女は俺にとって、色褪せた日常の風景の中に、独り儚げに咲く花のような存在だった。

初めて彼女を認識したのはいつだっただろうか…。

俺がコンビニで傘を忘れた日の事だ。
その日は朝から雨でジメジメとした嫌な天気だった。

いつものようにコンビニに入って、タバコとミネラルウォーターを買う為レジに並んだ。会計が終わるタイミングでスマホが振え、電話しながら外に出た。

店からの緊急要請で、出来るだけ早く来て欲しいと言われたからか、雨が止んでいたせいもあり、傘立てに傘を忘れてしまった。

「…すいません!…傘、忘れていませんか?」
駅の構内に入ろうとした手前で、呼び止められて振り返ると、俺の傘を持って、はぁはぁと息を切らして走って来た由亜が立っていた。

その時の印象は未だに忘れない。

すれた大人の世界に生きていた俺は、

『間に合って良かったー。』と、屈託なく笑う化粧っ気の無い、飾らない彼女の笑顔が眩しくて、誰よりも輝いて見えた。

その事があってから、毎晩通うコンビニの風景が少し違って見えるようになった。俺にとってはホッと出来るひと時の、オアシスのような場所になる。

毎日同じ時間に通っていれば、彼女も俺のタバコの銘柄を覚えてくれ、一言二言会話を交わすようになった。

『今日は熱いですね。』『毎日お仕事、お疲れ様です。』『体調は大丈夫ですか?』
彼女にとっては当たり前の、業務の一つなのかもしれないが、俺にとっては大切な、普通の世界との唯一の繋がりだと思う程だった。

そんな彼女との小さな交流は、彼女が突然コンビニを辞めてしまうまで続けられた。

たがら…コンビ二で彼女に会えなくなってから、俺はぽかんと心に穴が空いたような、胸が締め付けられるような焦燥感に襲われた。

そして、俺はタバコを辞めた。
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