夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした
「あ、あの…いろいろ…ありがとう、ございました。」
真壁が手配した服を一式身に付けた由亜が、居場所無さそうな、不安な顔で洗面所から顔を出す。

薄ピンク色のカッターシャツに、膝丈の紺の白いプリーツスカート、その上に紺色のニットカーディガンを羽織る。オフィスカジュアルな服装を、朝早くこの短時間でよく揃えたなと、翔も感心するほどだった。

「似合ってる。ちゃんと会社員に見えるから大丈夫だ。」
真壁はそう言って笑いながら、今度は由亜をダイニングテーブルへと連れて行く。

テーブルにはまるでホテルの朝食のような、食事が並んでいて由亜を驚かす。

「有り合わせしかなくて悪いが食べてくれ。」

「これ…全部…オーナーが?」
目を見開いて由亜が驚く。

「一応、一人暮らしは長いからな。このくらいは何とかなる。それより時間無いぞ。早く食べろ。
飲み物はコーヒー、紅茶、ココアに…お茶もあるな。どれがいい。」

「えっと…紅茶でお願いします…。あっ、私が自分でやりますよ。オーナーもご飯食べて下さい。」

「俺は朝はコーヒーだけでいいから気にするな。由亜こそ急げ。」
急かされて、仕方なく朝食を頂く。

こんなにちゃんとした朝ご飯は久しぶりで、ちょっと恐縮してしまう。

食べ終えたと同時に、歯ブラシを渡されて洗面所まで連れていかれる。
「あ、あの、後片付けは自分で…。」
言い切るよりも早く、

「いいから身支度。メガネは持ってるのか?コンタクトなのか?」
といろいろ聞かれ、

「もともと裸眼でも大丈夫なんです。メガネはただの伊達ですから…。」
と、素性を明かす。

「そうか、それでも眼鏡無しは危ないな。ちょっと下に聞いてみる。」

危ないってどういう事?と、由亜は首を傾げながら歯を磨く。

「あるみたいだから、行きに選んで行こう。」
何故だか真壁は嬉しそうに見えるから、また由亜は首を傾ける。

「準備出来たか?そろそろ行くぞ。」
当たり前のように、手に鍵を持った真壁が玄関で待っている。

「私は大丈夫です。電車かバスで行きますから、オーナーは仮眠をとった方が…。」
今日は金曜日、夜から繁華街は忙しくなる筈だ。それまでにちゃんと休んだ方がと由亜は思うのに、真壁は送る事を譲らない。

仕方なく由亜は玄関に用意された真新しいパンプスに足を通しながら、昨夜自分が履いていたロングブーツが目に入り、あっ、と思い出す。

バタバタして忘れていたけど…

昨夜のお客様とかどうなっだんだろう…私のせいで途中で帰ってしまう羽目になって…きっとクラブの人々に多大なご迷惑を…。
そう思い出した途端、血の気がサーっと引いていく。

「由亜、急がないと遅刻する。」
それなのに、無情にも時は刻むのを辞めてくれない。
翔に手を引っ張られ、バタバタと廊下を早歩きしながら、

「すいません、オーナー!
昨日のお客様大丈夫でしたか⁉︎
オーナーご指名の大金をお支払いだった…あのお客様。私のせいでオーナーが…大丈夫でしたか?」
そう慌てて話す。

エレベーターに乗り込んで、
「仕事の事はお前が心配する必要はない。今日の同伴で許しはもらってるし、俺が1人居ないぐらいでどうにかなるような店じゃない。あの手の客は権力が保持出来ればそれで満足するから大丈夫だ。」

泣きそうな顔の由亜にそう言って微笑み、頭をポンポンして気持ちを落ち着かせてくれた。

「オーナーが、同伴なんて…今までなかったですよね?いいんですか?」

「まぁ、プライベートの切り売りはしないが、迎えに行って、一緒に飯でも食べれば満足するだろ。」
と、真壁はなんでも無いというように言うけれど…。

オーナーになってから、同伴はしないと言うのが彼のウリだったから…それを覆してまで…私のせいで、と由亜は思う。

「お前が、嫌だって言うんなら辞めるが?」
そんな由亜の心理を読み取ったのか、真壁がニヤッと不敵に笑うから、

「へっ?どう言う事ですか?」
由亜は意味が分からず怪訝な顔をする。

ハァーと、真壁は大きなため息を残念そうに吐く。
「お前は何も分かってない…。」
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