夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした
胸がドキドキと妙に高鳴っている。
玄関で一息ついて気持ちを整え、由亜はただいまと部屋に入る。

「京ちゃん昨日はごめんね。心配させちゃって。」

「おかえり。大丈夫だったの?体調崩したって聞いたけど?」

「うん…もう大丈夫。」
泣き疲れて寝ちゃったなんて…子供みたいな事は言えないよね…。優しい嘘をついてくれた翔に感謝しながら、由亜は翔の事をどう思っているか、恐る恐る京香に聞いてみる。

「京ちゃん…真壁オーナーの事、今はどう思ってる?」

「昨日久しぶりに翔魔と話したけど、なんか他人行儀でやな感じだったよ。あんなに貢いでやったのに、なんなのって感じ。
あの男、今でも女を手玉にかけて裏で笑ってるんじゃない?何様だと思ってるのかしら。あんな男の思う壺にならないように、由亜ももう、早いうちに身を引きなさいよ。」
京香が鋭い言葉を投げかけてくる。

「オーナーは…」
由亜は言いかけて辞める。
今なら分かる京香と真壁とでの認識の違いを…

真壁は他の客と同じように、どこかで一線引いて付き合っていた筈だ。あくまでホストは疑似恋愛だと言う考えに嘘はない。

その証拠に京香は真壁の本名すら知らないでいる。

「由亜もミイラ取りがミイラになったら許さないからね。それでも小心者のアンタが、あの男に私の事言えたんだね。」
京香は由亜を小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「謝罪したいって…京ちゃんの事心配してたよ。謝って済む事ではないけど、自分も非があったって謝ってたよ。」

「ふーん。それでまんまと説き伏せられて、アイツの思うままになってるんじゃないの?」
強い口調で京香が咎めてくる。

京ちゃんは昔から姉御肌で、元ヤンな感じを醸し出していた。由亜が支配されていたのは京ちゃんにだったと、今は分かる。

「あの男、少し顔がいいからって女を舐めてんのよ。女の敵よ。本当、頭くる!」
興奮し始める京香を止めるすべはない。

あの日も…
京香は1人で酒を飲み、真壁を悪者にして恨みつらみを話していた。『あの男のせいで私の人生台無しよ!死んでアイツを呪ってやるんだから。』
そう言って、興奮状態で自分の手首を切ってしまった。

由亜は流れ出る鮮血で手が震るえ、頭が真っ白になった。

だから…真壁を恨んだのだ。真壁の事を良く知らないのに、一方的に悪者に仕立て上げたのだ。私も共犯だ…今さらながら罪の意識に苛まれる。

「京ちゃんは…オーナーの家に行った事ある?」

「あるわよ…。
高級住宅街みたいなとこで、セレブがいるような高層マンションの最上階に住んでたわよ。どうせ女から貢がれた金で買ったんでしょうけどね。」

確かに高層マンションだったけど…最上階ではなかったし、あそこは都心の中心部だ。確か、都庁が見えたし…新宿のどこかで住宅街では無かった。京香の嘘が浮き彫りになってくる。

「オーナーに会う時、京ちゃん1人で会うの?…。」

「そうね。今までの恨みつらみを全部ぶちまけてくるわ。それに、由亜は辞めるってハッキリ伝えてきてあげる。」

「…一応、退職届は出したんだけどね。」

「じゃあ、なんで辞めないの?由亜の事こき使おうと思ってるんじゃないの?なんなのあの男、由亜までコケにするつもりかしら。」
京ちゃんのイライラは止まらない。

「いつ会う事にしたの?」

「来週の金曜日よ、昼過ぎにしたわ。ちょうどバイトも無いし、昼間に彼に会えるチャンスなんてなかなかないから。」

やっぱり…口では悪口ばかりだけど、内心では真壁に会いたかったんじゃないかと由亜は思い、心がズキンと痛み出す。
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