夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした

真壁翔の場合

(翔side)

夜の街にどっぷり浸かってしまったこの俺は、真昼間からのデートなんて、高校時代からしていなかったなとふと気付く。

勢いで由亜を誘ったはいいが、果たして何処へ連れていけば…。

全くもって思い付かないから、由亜に全権を委ねたのだが…全く欲の無い彼女は、行きたいところも欲しい物さえ無いと言う。

デート初心者同士じゃないか…と、若干不安になりながらも、もうここはベタな場所でもいいんじゃないかと開き直る。

そう言えば…この前送って行った車の中で、楽しそうに車窓を見ていた事を思い出し、ドライブにしようと思い立つ。

あの様子じゃ体調も万全では無いだろうし、身体を冷やすのも良くないだろう。そう思って、おもむろにスマホでMAPを開いて検索していると、

「お疲れ様。あら、オーナー帰って来てたの?」
『colors』のママを任せている雅美がやって来る。

ああ…そうだ。ここはまだ事務室だった…。

「今日も売り上げ良い感じに肩上がりよ。オーナーが顔出すと女の子達の士気が上がるから、本当、売り上げ伸びるのよね。」
雅美がそう言って俺を称える。

雅美とは同期と言っていい程この世界の経歴が近く、俺がオーナーになる時に、ホステスNo.1を張っていた女だ。

ママにならないかと誘うと、直ぐに話しに乗って来た。今は確か…30過ぎたか?覚えていないが年上だった筈だ。

「そろそろ帰るから、後はよろしく。」
今日はろくに仕事をしていなかった俺は、体裁が悪いと足早に帰ろうとする。

「ちょっと待って、真壁君。」
雅美が珍しく俺を名前で呼んでくる。

「…何だ?」
少し嫌な予感がしながら怪訝な顔で振り返ると、

「貴方、さっき由亜ちゃん連れて出てったわよね?」

「体調が優れなくて、青い顔して仕事してたから早退させたんだ。」
それがどうした、という顔で雅美を見やる。

雅美は腕を組んで俺を一瞥してから、
「貴方、由亜ちゃんをお姫様抱っこして運んでたわよね?あの子だけ特別視するのは良くないんじゃなくて?」

「体調が悪いから送って行っただけだ。従業員を大切にして何が悪い。」
開き直った俺も、負けじと腕を組んで牽制する。

「由亜ちゃんがお気に入りなのは良く分かるわ。
あんなに擦れてない子、この世界じゃなかなかお目にかかれないものね。だけど、従業員に示しがつかないわ。仕事中はやめて頂戴。」

「善処する…。」
この件については勝ち目はないな…そう思って素直になる。

「あの子と貴方がどうなろうが、私には関係無い事だけど、仕事に支障がきたすなら別よ。彼女を辞めさせる権利が私にもある事を忘れないでね。」

さすがビジネスパートナーだ。冷静に俺を咎めてくる辺りさすがだと、賞賛する。
「分かってる…気を付ける。」
そう言って踵を返す。

「ちょっと待って、ホスト辞めるとかやめてよね。まだこの世界に貴方は必要よ。」
俺は振り向く事なく手を振って事務室を後にする。

長くもったとしてもホストの仕事は30歳までだと決めている。それまでに俺に変わる人材を育てるのが、今の俺の使命だと、漠然と思っているのはまだ誰にも秘密だ。
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