夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした

心の拠り所

「おはよう、由亜ちゃん。今日も時間キッチリだね。」

エレベーター前でいつものように純に会う。今日も子犬系の可愛らしい笑顔で由亜を迎える。

「今日もオーナー先に出勤してるよ。由亜ちゃんはオーナー怖くない?」

「おはようございます。全然、大丈夫ですよ。」
由亜はにこりと笑って返事をする。

「マジで⁉︎凄いね由亜ちゃん。僕なんて目が合っただけで、冷や汗がダラダラ出るくらい怖いんだけど。」

「そんなに?話してみると意外と優しい人ですよ。」

「僕には何故か当たり強いし、嫌われてる気がするんだけど…そんなクールなところがまたカッコよくて憧れちゃうんだよね。俺もオーナーと仲良くなりたいなぁ。」
そう呟く純は子犬のような可愛さが半端ない。

「オーナーにそれとなく言っておきましょうか?」
ここは私が仲をとり持ってあげようと、由亜は腕まくりをするのだが、

「いやいやいや。やめて…もっと嫌われる気がするから…。」
と、恐れ慄く純に思わずフフッと笑ってしまう。

ここで働く人達は基本みんなオーナーが大好きだ。それなのに、純のように遠目で見つめるだけで、近付く事を恐れている人が多いのはなぜだろう?

最近巷でよく聞く『推し活』みたいな感覚なのか、翔のその、生まれ持ったカリスマ性に醸し出される色気は、男女問わず誰もを虜にしてしまう。

そして近付きたいと思うより、遠目で見ているだけで大抵の人は満足してしまうんだ。

きっとその1人なんだと、由亜は自分の今の立場を納得させる。仕事を辞めれないのも、少しでも彼の役に立てるのならばと思う気持ちがあるからだ…。

その魅力は充分知っている。
毎日のようにそんな凄い人に口説かれているのに流されず、我ながらよく耐えてると感心してしまう。

好きだと伝えてしまいたらどんなに楽か…でもその度に京香の顔が浮かんでくる。

このままでは前には進めない…。

純に手を振ってエレベーターに乗り込み、はぁーと一つため息を吐く。

今日もきっと事務室に翔が居る筈だと、由亜は拳を握りしめ、流されないように耐える決心を固める。


エレベーターを降りると、お店の入り口には黒服見習いの真那斗がいた。

「おはようございます。もしかして…今日も前借りですか…?」

「ちげーよ。お前を待ってたんだよ…。」
なぜかもぞもぞと言葉を濁すから、何だろうと首を傾げる。

「お前、明日仕事終わり暇か?」

「暇というか…家に帰って寝ます。」

「じゃあ、暇だろ?」

「いやいや、10時半には電車に乗らないとダメなんです。結構自宅まで時間かかるので…次の日も普通に仕事がありますし。」

「じゃあ、俺が…。」

バンッ!!

突然、staff onlyのドアが勢いよく開いて2人は揃ってビクッとなる。

中から出て来たのは翔で、明らかに不機嫌そうな顔でこちらに近付いて来る。

「おはようございます、オーナー。」
由亜はにこりと笑って挨拶をするのだが、翔は一瞬目を合わせただけで真那斗との間に立ち塞がり、

「何している。店でのナンパ行為は禁じているはずだが?」
腕を組んで威圧的な態度で真那斗を一瞥している。

「お疲れ様です。いえ、決してナンパではありません。」
真那斗はビシッと姿勢を正して答える。

「じゃあ、なんだ?」
低い声で真那斗を威嚇する翔はまるで、入口にいる黒服のように凄味があるから、

「オーナーあの…。」
由亜は慌てて背後から話しかけるのだが、翔の手によって制止されてしまう。

「由亜と一緒に帰ろうかと、最近治安が悪い様なので。」

「由亜には充分な警護を付けている。お前が心配する事じゃない。サッサと職場に戻れ。」
凄みを利かせて真那斗を容赦無く蹴散らす。

「いえ…電車の中であの…痴漢が出たらしくて…。」真那斗は若干、怯みながらも果敢にも立ち向かって行く。

翔は由亜に振り返り怪訝な顔を向けてくる。

「そんな話し…聞いてないが…?」

「あの!私、タイムカード切らないと、遅刻になっちゃいますから!」
慌てて由亜はそう言って、バタバタと2人から離れてstaffonlyのドアの向こうに消えて行く。

翔はフーッとため息を吐いて、真那斗を睨み付けた後、何も言わずに由亜の後を追いかけ足早に去って行った。

真那斗はその場にしゃがみ込み、はぁーっと深いため息を落とす。明らかに、ライバルはオーナーなのだと今確信した。 

どう考えても勝ち目が無い。
頭を抱えて真那斗は落胆した。

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