夜の魔王と呼ばれる男、実は過保護で激甘でした
ダメだ。こんな所でしゃがみ込んでいる場合じゃない。きっと…京香にスマホを取り上げられているだけだ。

アイツより早く由亜の元へ辿り着かなければ…

大人になってからこんなに走った事はないほど、全速力で駐車場に行き車に乗り込む。

向かう場所は…由亜の住んでいるアパートだ。

急発進で車を走らせ、通常20分の片道を13分で辿り着く。アパートに着いて2階への階段を一歩飛ばしで上る。

左に折れて角部屋だ。昨夜もここで手を振って、部屋の中に入って行く由亜を見送ったばかりだ。

その残像が脳裏に浮かび心が揺れる。

電気は…ついていない。

ドンドンドンドン
ドアを叩くが返事も無い…。

不安が心を真っ黒に覆う。


「あの…すいません。そこの部屋、今朝引っ越して行かれましたよ。」
隣の部屋からサラリーマン風の男が出て来て、迷惑そうにそう言って部屋に戻って行った。

引っ越した…⁉︎
俺は1人呟き、来た道をトボトボと肩を落とし歩く。

あり得ない…日曜日に会う約束もした。
もう…2度と会えないなんて…事が、あるのか…?
そう思うだけで手が震えてくる。

階段を手摺に支えられながら、崩れるように下りる。車に乗り込み片手で目頭を押さえ、掻き乱された心をどうにか落ちつかせなければと、深呼吸を一つする。

どうすれば…どうするべきだ?
自問自答してただひたすら由亜の事を考える。

思い出すのは彼女の笑顔ばかりで…
昨夜、帰さなければ良かったと、後悔ばかりが浮かんでは消える。

まだ…1箇所だけ…行く当てがある。

由亜が学生の頃働いていたコンビニだ…そう脳裏に浮かんだ途端、エンジンをかけてアクセルを踏みこむ。

頼む由亜…俺の前から消えないでくれ。

祈りにも似た言葉を何度も何度も頭の中で繰り返し、コンビニまで出来る限り急いで向かう。
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