【コミカライズ】愛しのあの方と死に別れて千年 ~今日も私は悪役令嬢を演じます~〈2〉
2.伝えたい想い
「お嬢様、お湯加減はいかがでしょうか」
扉の向こうからハンナの明るい声がする。その問いに、私は「ちょうどいいわ」の意を込めて二回手を叩いた。
声が出なくなったあの日から、私はお風呂のときはこうやって手を叩き、ハンナに指示を出している。「肯定」なら二回、「否定」なら三回。
そうは言ってもハンナは何でもよく気が付いてくれるから、私が三度手を叩くようなことはほとんどないのだが。それにハンナに言わせれば、こうやって湯舟に浸かるときは侍女の一人も付けるもの。そうすればわざわざ私から合図を送る必要もなくなるのに――とのことであったが、私は昔からお湯には一人で浸かると決めている。それを今さら声が出なくなったくらいで覆すつもりはない。
だって髪も身体も一人で十分洗える。それに怪我を負ったとき、決して他人に気が付かれたくないから――。
今日あの男に付けられた首の赤い痣……このような貴族の令嬢にあるまじき姿は、ハンナであろうと見せられない。……まぁでも、ルイスだけは例外と言えるか。
そんなことを考えながら、私は一日の出来事と、ニックのことを思い返した。
あの後、ニックはライオネルによって警備隊に引き渡されたことだろう。まだ子供とはいえ犯罪は犯罪だ。それにニックは、私の首を絞めたあの――多分、行き場のない孤児を引き入れ犯罪に使っている――男と繋がりがあるのだから。何の罰もなしに釈放されることはあり得ないはず……。
――どうにかして、ニックを助けないと。
ニックのあの様子だと、父親は借金でも残して死んだのか。
身元引受人がいるとも思えないので、兵士に金貨数枚握らせれば身柄は引き渡してもらえるだろうけれど、問題がないわけではない。
――正直、これ以上騒ぎも揉め事も起こしたくないのよね……。
今私がいるのはウィリアムの屋敷なわけで、外出一つするのも大変だ。加えて、私の行動一つ一つにルイスが目を光らせている。
以前と比べ仲は良好になったとはいえ、それだって私の警戒心を解くための演技である可能性は捨てきれない。
つまり、ニックを助けるためにはルイスの協力を仰がなければならないのだ。
「…………」
――でも、あのルイスが承知するかしら? ウィリアムに不審に思われるような行動はするなって言うわよね、きっと……。
そこまで考えて、私はふと思い当たる。
――そもそも、どうしてウィリアムはルイスと一緒にいたのだろう、と。