【コミカライズ】愛しのあの方と死に別れて千年 ~今日も私は悪役令嬢を演じます~〈2〉
3.追憶――燃え盛る業火
燃える――燃える――燃え上がる。
真っ黒な闇夜とせめぎ合うように、赤い赤い火柱が辺り一面を覆い尽くしていた。
あんなに美しかった森が……木々が……草木が……大きな炎に包まれて、ごうごうと酷い音を上げながら瞬く間に朽ち果てていく。
わたしの、庭が……消えていく。
「――あ、……あぁ……」
わたしはそれをなす術もなく、ただ見つめていることしかできなかった。燃え盛る炎の真ん中で湖のほとりにへたり込み、一歩も動くことができなかった。
「ごめんなさい、エリオット……」
約束したのに。あなたの側にいるって、約束したのに……。あなただけのものでいるって、約束したのに……。
わたしは羽織った薄い毛布の下の汚された身体を、両腕で強く抱きしめる。
まだ昼間の――見知らぬ兵士たちから受けた――おぞましい感覚が残っていた。
こんな姿、彼には絶対に見せられない。見られたく……ない。
「ごめんなさい、……ごめん、なさ……」
背後から襲い来る黒煙。足元には火の粉が飛び散り、わたしの素足を焼き焦がした。ただれた皮膚から血が滲み、痛くて痛くて、もう一歩も歩けない。
けれどそれ以上に痛いのはわたしの心……。無数の針に突き刺されたように痛む、わたしの心――。
叫びたいのに叫べない。泣きたいのに、泣けない。
痛いのに……苦しいのに……それ以上に、エリオットに合わせる顔がなくて……。
「……ごめん、なさい」
茫然と顔を上げれば、赤い火柱の隙間から、黒い絨毯のような漆黒の夜空にぽっかりと穴を空けたような白い月が覗いていた。
それだけは、わたしの知っているいつもの景色で……。あの日エリオットと眺めた、美しい月が思い出されて……。
思わず涙が溢れてくる。――けれど、それさえも熱風が一瞬で乾かしてしまう。
「……泣くことも、許されないのね」
わたしの全身を赤い炎が包み込む。
一歩踏み出せば、美しい月を映した湖の水が身体を癒やすだろうに――ここに浸かってしまえば、この焼けるような熱さから逃れられるとわかっているのに――わたしは、少しも動けない。
「…………」
太ももに伝う生温かい液体が、心を黒く黒く塗りつぶす。