【コミカライズ】愛しのあの方と死に別れて千年 ~今日も私は悪役令嬢を演じます~〈2〉





 ――声が聞こえる。

 燃え盛る炎の中で、愛しい彼女が泣いている。一人地面にうずくまり、その細い腕で、自身の身体を必死に抱きしめて泣いている。

 あぁ、どうして君は泣いているんだ? 何がそんなに君を苦しめるんだ……?

 僕は彼女に手を伸ばす。彼女を抱きしめようと、必死にこの腕を……。

 なのに、どうしたって触れることができなかった。僕の指は、彼女に少しも届かない。


 彼女に襲いかかる真っ赤な炎。焼け焦げる臭い。

 僕の耳には彼女の悲痛な泣き声が、彼女の喉から漏れる声にならない叫び声が……僕の心臓を握り潰すかのように、響き渡っていた。


 ――あぁ、駄目だ、行っちゃ駄目だ、駄目だ。お願いだ、お願いだから……!


 彼女の身体が崩れ落ちる。燃え盛る炎の中に――ゆっくりと……。

 けれど僕の足は動かない。どうしたって前に進む事ができず――僕はただ、その場に独り立ち尽くす。


「あ……あぁ……ッ!」


 ――僕のユリアが、僕の、僕の……!


 彼女の命の灯火(ともしび)が、静かに静かに消えていく。
 赤い炎に燃やされて、僕の前からいなくなる。


「駄目だ……お願いだ、ここにいて、行かないで、逝かないで……ッ!」


 必死にもがいて手を伸ばしても、決して届かない僕の指。

 炎の向こう側で、白い月を見上げて微笑む彼女の美しく可憐な姿。死にゆくその時でさえも、その輝きは失われない。


「ユリア……ッ! 待って、約束したじゃないか! ここにいるって! 僕の側にいてくれるって……!」

 僕は声を張り上げる。
 聞こえないとわかっていても、彼女にはもう届かないと知っていても……。

「愛してるんだ、君のことを心から! だからお願いだ、逝かないで! ユリア……、ユリア……ッ!」

 伸ばした手はただ空を掻き、指の隙間から零れ落ちていくように、僕の意識が薄れていく。

 炎に包まれた彼女の姿が――僕の視界から消えていく。


「ユリア……ッ!!」


 ――あぁ、ユリア、僕のユリア。

 ごめんね、本当にごめんね、僕が弱かったから、僕が非力だったから、君を守れず傷つけた。僕が君を苦しめて、僕が君を殺してしまった。

 誓ったのに――君の側にいると、一瞬だって離れないと……なのに、僕はその約束を果たせなかった。ごめんねユリア。こうなったのは全て、僕のせいなんだ。

 お願いだ、どうか自分を責めないで。君は本当に悪くない、君は本当に、何も悪くないんだ。だからどうか、責めるなら、僕を。恨むなら、僕を。その美しい君の心をそれ以上傷つけないで。君の涙は――もう沢山だ。


 僕の足元が崩れ去る。意識が、深い深い闇に沈んでいく。


 あぁ――僕は次こそ、君との約束を果たすと誓う。僕は必ず君に会いに行く。僕はもう君から離れたりしない。その手を離したりしない。

 だからユリア、待っていて。僕が迎えに行くまで、決して僕を忘れないで。

 僕が君をもう一度愛すそのときまで――君は……。
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