【コミカライズ】愛しのあの方と死に別れて千年 ~今日も私は悪役令嬢を演じます~〈2〉
――なん、だ……?
僕は咄嗟に椅子の肘置きにしがみ付く。
地面が揺れたような、気持ちの悪い感覚……。なんだろう、眩暈《めまい》……? いや、違う……これは……これは、何かもっと嫌な……。
背中にひやりとした汗が伝う。今日は暖かいはずなのに……なぜか、寒い。冷たい。いったいどうして……。
そう思うと同時に、頭に響いてきたのは彼の声。もう一人の、自分の声――。
『アーサー、僕と代われ……!』
「――え?」
『早く!』
「な……何だよ、急に……」
僕は驚いた。
だって、今まで一度だってそんなことを言われたことはないのだから。
いつだって彼は、僕ではどうしようもない状況になったときにだけ表に出てくる。それなのに、今彼は何と言った?
代われ、とそう言ったのだ。この、何の問題も起きていない状況で。
『さっさと代われ、こののろま!』
「な……ッ」
狼狽える僕の心の内側で、容赦なく僕をなじるもう一人の僕。
わけがわからず混乱する僕に、大きく舌打ちする彼。
『君はほんっとうに鈍いよね。――ほら見て、あそこ。一番右奥のテーブルだよ。あの真っ黒な姿をした男』
「……?」
その言葉に、僕はゆっくりと視線を動かす。
すると、確かにいた。僕より少し年上、多分、ヴァイオレットと同じくらいの歳の、中性的な顔立ちの少年。真っ黒な髪と瞳をした――この国では、珍しい。
僕は彼に言われたとおり、その少年に視線を注ぐ。すると、その刹那――。
「――っ」
不意に、少年と視線がぶつかった。
それはまるで僕に見られるのを待っていたかのような、絶妙すぎるタイミングで……。
『アーサー! 駄目だ、目を逸らせ!』