【コミカライズ】愛しのあの方と死に別れて千年 ~今日も私は悪役令嬢を演じます~〈2〉
第2章 束の間の平穏

1.朝の目覚め


 夏の日差しも衰えてきた頃――部屋に差し込んだ朝日の眩しさに、私はいつもより早く目を覚ました。
 すると瞼を開けた私の目の前にあったのは、二ヵ月経っても見慣れることのないウィリアムの寝顔で――。

「……っ」

 私は思わず息をのむ。
 すやすやと寝息を立てている無防備なその姿に、愛しい愛しい彼の寝顔に、今にも心臓が張り裂けてしまいそうで……。

 ――心臓に悪いのよ。

 私は「はぁっ」と大きく息を吐いて、乱れた呼吸を整えた。


 ここはウィリアムの寝室だ。

 あの日――ウィリアムから一緒に住もうと言われた私は、ほどなくして侯爵邸に迎え入れられることになった。その行動の迅速さは凄まじく、身支度の暇さえ無かったほどである。

 ――それから早二ヵ月。

 ウィリアムは私をとても大切にしてくれる。声の出せない私が不自由しないようにと、屋敷内のありとあらゆる場所に人を呼ぶためのベルを設置したり、慣れない環境でストレスが溜まってはいけないと、専用の温室まで用意してくれた。

 ハンナのことだってそうだ。サウスウェル家に雇われている彼女は、本来ここには連れてこられないはずだった。けれど、ウィリアムが両家に掛け合ってくれたのだ。

 そんな彼の行動は、はたから見れば私を甘やかしているようにしか見えないことだろう。
 現に、そんな息子に影響されてか、侯爵夫妻はまるで私を聖女か何かのように丁重に扱うのだ。私の悪評を知らないはずはないだろうに――夫人に至っては、今までどんな女性にも興味を持たなかった息子がようやく相手を見つけてくれたと、安堵に涙を零していた。

 ――けれど私は知っている。
 ウィリアムは私を愛してなどいない。彼の行動はあくまで形だけのもの。
 他の女性なら騙されるだろうが、私にはわかる。私に向ける微笑みも優しさも愛の言葉も、決して彼の本心からくるものではないのだと。

 それに彼自身もきっと気が付いている。私がウィリアムの本心を悟っていることを、きっと彼は知っている。
 だからこそ彼は、ルイスの提案で私と同じベッドで眠るようになった今も、指一本触れて来ないのだ。

 ――もし私があなたの演技に騙されていたら、あなたは私に触れてくれたのかしら……。
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