first date
「それで君にお願いしたいんだよ」

 彼は身体ごと私に向いて真剣な眼差しを私に向けた。

「1日だけでいいから僕とデートしほしい。恋愛疑似体験をさせてほしいんだ。僕にインスピレーションを与えてくれないか?」

「別に私じゃなくても…」

「白状するとね、設定は決まってるんだ。主人公は君みたいな…その…」

「地味で冴えない田舎臭い娘ですか?」

 今まで染めたことのない猫っ毛気味の黒髪を引っ詰め、前髪をピンで留めている。黒縁眼鏡を掛け、化粧はファンデーションのみ。おしゃれにも恋愛にも興味がない。そんな私が地味で冴えない田舎臭い娘以外に何と形容するのだろう。

「いや、そうとまでは言わないけど、まあそれでその主人公がある男の子と出会って恋に落ちて、恋愛を通して彼女が人間的に成長する物語を書きたいんだよ」

「はぁ、なるほど」

「ざっくりとした大筋だけは編集者と話し合って決めたものの、ストーリー展開がもう全然思いつかなくて。だからさ…」

 彼は前のめりになって再び私に問う。

「1日だけ、僕に恋してくれない?」

 な、なんというセリフをそんな恥ずかしげもなく…。小首を傾げて上目遣いで子犬のように目を潤ませながら懇願する彼を見ていたら、いよいよ断れなくなってきた。私は渋々承諾することにした。

「わ、分かりました。1日だけなら…」

「よし!そうと決まれば早速明日いい?明日は店休日でしょ?」

「はい。大丈夫ですよ」

「そしたら…」

「おーい絢ちゃん、レジお願ーい」

 厨房の方でマスターが私の名前を呼んだ。

「あとで待ち合わせ場所と時間教えるね」

「分かりました」
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